管理者及び自己紹介

ご挨拶:この仕事を始めたいきさつからです
◇医療ミスに因る後遺障害を乗り越えて
 昭和49年初秋、大腿骨骨折手術を受けた後遺症害骨髄炎(骨の中に雑菌を感染させ、更に初期治療を誤ったもの)発症を少しでも予防する為、足に負担の掛かる姿勢や重い物を持つ事もドクターストップが掛けられており、一寸した弾みから発症を繰り返しては激痛と不安に耐え、何よりもその都度職を奪われてしまうのはとても辛く悲しい事でした。
■不治と言われる骨髄炎。和歌山県にお住まいの方より”完治した”との情報を頂戴致しました。私の様に苦しむ方に朗報となる事を願い書いたものです。
                          骨髄炎治療に最有力情報
現在治療を受けている主治医から、『爆弾を抱えて生きている。という事を常に念頭に置き、毎日を注意して生活する事。デスクワークしか無理。』と言われて久しいのですが、平成7年より天職と決め早いもので16年を迎える事が出来ました。
                          後遺障害骨髄炎に苦しむ
然し、過去にとある仕事を断念せざるを得なく生涯悔やまれる結果となる。
                          何度もチャンスを逃して
手術を受けた病院は旧4号線国道沿いに今も在り、整形外科の看板も屋上に昔と変わらずそのままではあるが、ひっそりとしており閉鎖している様にも見受けられ、年月の流れを感じさせる。(風の便りで09,現在建物は壊され駐車場になっているらしい。然し、最近では旧道を通る事ない為、確認しておりません。)

癌との闘い
◇私の胃癌・妻と永遠の別離
平成13年巨大胃潰瘍で入院を機に年に一度定期的に胃カメラ検査を受け、15年暮の検査は再検査となり、明けて1月早々の検査結果は胃癌宣告。
16年2月開腹手術を受け1ヶ月間入院。その退院3ヶ月後、家内も体調が悪くなりいろいろな検査を経た後、膵臓癌が判明同年7月20日8時間にも及ぶ手術を受けるが、17年3月24日から3度目の入院中、同年4月7日午前9時25分とうとう帰らぬ人となる。                    末期癌に藁をも掴む温泉

住所
 

屋号・氏名
ウインドシールドリペア ホリエ

生年月日
1947年7月12日 栃木県足利市名草中町に生まれ、2〜3歳の頃、現住所の江戸川区平井に両親、兄らと共に移り住むが勿論記憶はありません。母は1980年に他界し父は2008年、97歳11ヶ月で昨年末静かに息を引き取る。大往生。どういう訳か5人兄弟3番目の私と寝起きを共にしていた。

電話番号・FAX番号・携帯電話番号
固定電話番号  03-3612-3977  
FAX 電話番号  03-3617-2182
携帯電話番号 090-3069-7423
留守にしている時もあります。お急ぎの場合、直接携帯電話にご連絡頂ければ幸いです。又はメールでお願い致します。

E-メールアドレス

定休日
特に定めておりませんが、自身の病気、冠婚葬祭に当たる日はご容赦下さい。

江戸川区平井って何処にあるの?
知名度はかなり低い様です。東京の外れにあり、旧中川と荒川放水路に囲まれた下町。JR総武線、電気街秋葉原から千葉方面に向かい、お茶の水−両国−錦糸町−亀戸その次が平井です。近くには首都高速平井大橋インターが有り比較的住み易い所ですが、自分本意で他人の事は顧みない人もいるのはどこも一緒です。

落語家の橘家圓蔵師匠、歌手五月みどりさん、少年隊の錦織一清さんが生まれ育った所です。歌手川中美幸さんがまだ無名の頃お住まいになっていたそうで、あるラジオ番組の中、人情の厚い人が多い町と評価されておられました。

この仕事に就いて
法人タクシー様のお車を修理させて頂いている事と、個人タクシー都営協・城北支部様、個人タクシー協同組合葛飾第2支部様、千住個人タクシー協同組合様めまた、運輸業様、中古車販売業様自動車整備工場様、ディーラー様から修理はもとよりご指導ご鞭撻を頂いております。

自家用車とは比較にならない走行に耐える様、”早く綺麗に丁寧に”を常に心掛けており拙HPよりご依頼のオーナー様から、修理後伝言板にご投稿頂いた時は口に表せない程、有り難さ嬉しさがこみ上げて来ます。

降雨時お急ぎの場合
店舗はありませんが、駐車場(写真)の用意があります。降雨時どうしてもお急ぎの場合は補修可能です。(但し、高さの制限があります。2メートルを超えないお車限定となります)雨の浸入を防ぐ為、事前にセロテープ等をお貼りになって下さい。走行は傷伸びの原因ともなりますので万一傷を受けてしまったらなるべく動かさずそっとしておくのが最良です。

その意味合いからもお伺いし、おくつろぎ頂いている間に作業を終了させます。

矢のライン
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