(3180m

  

第2部 <槍沢ロッヂ→槍ヶ岳山荘 2000年8月28日(月)>


コース・時間

8月28日(月)
槍沢ロッヂ 5:30→6:10
旧槍沢小屋跡(天場) 6:20→6:50 水俣乗越分岐
7:00 →8:10 大岩 8:45→9:40 水場 10:00→10:15 グリーンバンド(昼食) 1:20→13:20 槍ヶ岳山荘(泊)



槍沢ロッヂを出発!今日は記念すべき日になるのか?

ふと目を覚まし、腕時計を見ると午前3時。乾燥室に行き昨日干してあった衣類を取り込む。参ったのはヘッドライトをザックの奥から取り出しておくのをすっかり忘れてしまい、暗闇の中で行動に手間取った事。腕時計がプロトレック(バックライト付き)で助かった。二人のザックを玄関に移動し、荷物の整理、水の補給と1号が起きたらすぐに出発できるように準備するけなげなお父さん、4時には1号を起こさなきゃ。慣れない山小屋泊まりの子供連れ、行動は人より先んじなきゃ。


4時、1号をそっと起す。すぐに起きてくれる。こいつは寝起きがイイ。
「もう出発?」「玄関の土間で弁当を食べてから」昨日夕食の際に受け取った弁当をまだ真っ暗な土間で二人で食べる。弁当は酢がよく効いている。RIKIはこれが苦手。だけどわがままは言ってられない。飲みこむようにして食べる。1号は食べるのが遅い、だけど全部食べた。
「トイレは?」「出ない」ちょっと心配ながらも、まだ薄暗い中出発する。時間は5:30。さあ長い一日が始まるゾ。

最初は展望のない槍沢の樹林帯を登る。15分ほどでちょっと樹林が切れている場所に出る。ふと遠くに目をやると。「!!」・・・「けん!槍が見えるぞ!」「どこどこ?」「ほらあそこ!」「あ、本当だ!」、遠くの山並みの中にそこにはまさしく槍の穂先の影が黒く見えている。まだまだ小さい。よーし頑張るゾ。


ロッヂを出発!まだ暗い。 槍が見えた!!!



Bファミ隊、樹林帯を抜ける

やる気が出てきたBファミ隊だが、やはり朝一番での登りはまだ身体が慣れていなく、すぐに息が切れる。こまめに立休憩を取りながらゆっくり進む。40分ほどで樹林帯が切れ展望のよい場所に出る。
「ホワ〜きれいだなあ!」そこは旧槍沢小屋跡、今は天場になっている。石積みの跡が残っておりそこから槍沢の見事なU字谷がズ〜っと見渡せる気持ちがイイ場所だ。「わ〜、谷のスケールが全然違うよなあ、おい。」すでにハイテンションのお父さん、1号はザックを下ろして水を飲んでいる。ここでちょっと休憩。
U字谷の反対側の横尾尾根の斜面からは見事な一筋の流れが上部から落ちている。落ちてくる高さが違うぜ!


見晴しの良いU字谷は「大曲り」まで全く楽な歩きで、とてもすがすがしくて気持ちがよい。「大曲り」は槍沢のU字谷が大きく左にカーブしているところ、ここから左右が切り立ってくる。空も明るくなっておりだんだん身体が汗ばんでくる。小さな立休憩を何回かとりながら、やがて「水俣乗越分岐」に到着。ここから枝沢沿いに東鎌尾根に向かって登山道が伸びている。



   槍沢の見事なU字谷、スゲエ〜。
旧槍沢小屋跡にて



いよいよ本格的な登りに

この分岐まではたいして斜度も無くまあまあ順調、本格的な登りはここから始まる。槍沢もU字谷からカール地形に徐々に移行していくところだ。日差しも出てきた。高所とは言え真夏の日差しはきつい、二人で汗かきエッチラ登る。斜度的には普通だが、暑い!汗が吹き出てくる。この頃から1号が遅れ出す。「おとう!休憩!」その都度立ち休憩やザックをおろしての休憩が頻発する。「きついか?」「普通。でも暑い」。慌てることはない。子供のペースでのんびりやればイイのだ。槍は絶対待っててくれる・・・・


谷はとてつもなく広く大きい、黄緑色の草とやや薄赤い岩の色彩美が見事だ。雪渓の残骸も残っている。上部に目をやると3000m級の稜線がややガスってはいるがよく見えている。明日はあそこを歩く予定だ。でも明日のことは今は考えなくてもいい。今日、今この瞬間を確実にこなしていくのだ。この北アルプスの壮大な大自然の中に俺たちは今確かに存在している。その存在を確実に継続していくのだ。な〜んて、わけのわからないことを自分に言い聞かせて一歩一歩登って行く。休憩の数は数え切れないくらいになっている。槍は全く見えない。



秘密兵器登場!!

「お父さん、頭が痛い。」「!!・・・?」「ガンガンする」
すぐに腕時計についた高度計をONにする。2200〜2300mだ。まだ高山病が出る高度ではない。早朝から厳しい運動を行うと頭痛がするってやつだ。この暑さも曲者だ。RIKIも経験がある。「よーし、休憩だ」幸いに「大岩」と書いてある休憩するのに絶好な、その名の通り大きな平らな岩がある。ここに上がって長めの休憩をとることにする。ここでとっておきの秘密兵器「酸素ボンベ」をおもむろにザックから取り出す。「これを吸って、少し水を飲むといっぺんで直るよ」1号は興味深そうにその「秘密兵器」を吸いこむ。「はーい吸って」「ふーっと吐いて」これを5〜6回繰り返す。「どうだ?」「おおすげえすげえ、頭が痛いのが直った!」・・・しめしめ思ったとおりだ、子供はこんな精神療法でころっと元気になる。伊達に長年オヤジはやってない。
行動食をいっぱい食べ(RIKIには東鳩オールレーズン、1号にはチューブ入り練乳が大活躍)、十分水分補給をして出発!まだまだ槍は見えない。


大曲りからきつい登り
背後のU字谷がすごい
大岩にて。気持ちイイ! 大岩にて。1号は頭痛が治る。
だんだんカール地形に。



本日一番の難所、ガンバレ!!

しかしここからハイマツ帯のかなりの急登、ゼイゼイあごが出る苦しい登りだ。少し行くと「氷河公園」に行く道が左に伸びる分岐が現われる。明日は左から降りてきてここで合流するのだ。道はハイマツ帯の中をジグザグに進んで行く。途中何本も枝分かれしている。左手は相変わらずの絶景だ。槍は見えず。


「休憩!休憩!」「もうだめだ!」「暑い!」そのたびに小休憩をとる。顔色を伺うが全く問題なさそう。「もうだめだ」と言われた時はドキっとするが、休憩時での1号の会話は楽しそうだ。1号もこれまでの山登りで、疲れたら休憩すればいい、そうしたらまた登れる、という単純だが大事なことをしっかり身に付けているようだ。
しかしこのあたりは確かに苦しい。コースで一番の頑張り所だ。いったい槍はいつその姿を見せてくれるのだろう。槍沢はすでにカール状の地形をなし、流れるような姿が美しい。生まれて初めて見る風景だ。太陽は容赦無くギラギラ照り付けている。1号も徐々に体力を消耗している。



最高の水場で生き返る

「ボク、もうちょっと頑張ればおいしい水が飲めるわよ」降りてくる登山者にそう言われて20分、岩から水が涌き出ているところに出る。絶好の休憩地だ。1号が水を飲む「冷た〜い、うまーい、おとうも飲んでみなよ!」1号がカップに水を汲んできてくれる。口に含む、確かにこれはうまい!最高だ!こんな冷たくておいしい水は飲んだことが無い!二人でキャッキャ言ってはしゃぐ親子、「おお!生き帰ったあ!」「元気が出てきたあ!」まさに魔法の水とはこのことだ。「あまりたくさん飲むとお腹が冷えるゾ」20分ほど休憩してまた出発、ほどなく谷を右から回り込むように登るとカールの真ん中に平らな場所が見える。昼食に最適な場所のようだ。ひょっとしてあそこがグリーンバンドと呼ばれる場所かな?


本日一番の急登に休憩も増える。 これが最高の水場、うまい!



グリーンバンド・・・そして感動が

その平らな場所(グリーンバンド)に差しかかった時、ふと今来た方向を見やると、何と常念岳が遠くに大きなピラミッドを誇示しているではないか!「けんすけ!すげえ!あれが常念岳って言う山だよ」「ホントだ!ピラミッドみたいだね」その返答に満足して何気なく今度は反対に目をやると、・・・・・
「!!!」・・・・・そこにはまさしく長年恋焦がれた由緒正しい正三角形が、ガスの中に大きく立ちはだかっているのが目の中に飛び込んできた。それはまさに不意打ちだった。さんざん苦しい思いをさせて、もうその姿を見ることを半ば忘れかけさせた頃、突然巨大な塊となっていきなり目の前に現われる、これは不意打ち以外の何ものでもない。心臓がズキーンと大きな音を立てた。頭の中は何も考えられない、身体は何かに取り憑かれたように金縛り状態になる。・・・・・・けんすけ、見てごらん。あれ、あれが槍ヶ岳だ・・・いつか登りたかった山、槍ヶ岳だよ。・・・・やっと見えた。・・・・・


けんすけ!あれが槍ヶ岳だ!遂に見えた! グリーンバンドにて。




まわりがガスでだんだん白くなってきた。と、そのとき目の前に突然人影が現れる。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、じっとその人の顔を見てだんだん事態が飲みこめてきた。
「兄ちゃん?兄ちゃんだね?・・」 それは紛れも無く、15年前に突然他界した従兄だった。
従兄は腰に手を当ててニッコリして私を見てうなずいた。私はうろたえることも無く落ち着いた気持ちで従兄に話しかけることができた。

「兄ちゃんはここで待っていてくれたんだね・・15年間、そうだろう?」
またもゆっくりとうなずく従兄。
「槍があそこに、あんなに立派に・・昔兄ちゃんと話していたとおりだね。すごいよ。」
従兄が槍を見上げた。二人が一緒に憧れの峰をまぶしく見つめる。
「まさか俺、本当にここまで来れるとは思わなかったよ。だって登れる山だって知らなかったんだ」
「よく、来たな」
「ここに来るまでにいろんな山に登ったんだよ。谷川とか雲取とか」
「そうか。」
「親切な人がたくさんいてさ、・・・みんないろんな事教えてくれたんだよ」
「それは、よかったな」
「ケンスケも至仏とか谷川で体力つけて、一緒にここまで来られるようになったんだよ」
「そうか、頑張ったんだな」
従兄がうれしそうにけんすけを見つめる。けんすけは岩の上に腰掛け、足をブラブラさせて水を飲んでいる。
「まさか・・・あいつと槍に来られるとは・・・」ここまで言って言葉が続かない。涙で景色がにじんでくる。
「・・・だからさ、あの穂先に立つまで見守っ・・・」そこまで言って顔を上げると、そこにはもうすでに従兄の姿はなかった。
ガスがだんだん晴れていき、槍が青い空と流れるさわやかな雲を従え、颯爽と屹立していた。




グリーンバンドで昼食を採った後、石積みの急登を歩くこと2時間、ようやく槍ヶ岳山荘の立つ槍の肩に到着する。
時間は13:20、
槍沢ロッヂを出発して実に8時間近く経過していた。



槍ヶ岳山荘までは写真集で↓

グリーンバンドを過ぎ、岩屑の急登を行く。 坊主の岩小屋にて くに常念岳



ずいぶん登ったなあ だんだん近づいてきた 槍の直下に来た



    もうすぐ槍ヶ岳山荘だ!!


(第2部おわり)


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第1部 <出発→槍沢ロッヂ 2000年8月26日(土)〜27日(日)> へ

第3部 <槍ヶ岳山荘(穂先往復)(泊)→感動の朝 2000年8月28日(月)〜29日(火)> へ
第4部 <槍ヶ岳山荘→3000mの稜線漫歩→氷河公園→横尾山荘 2000年8月29日(火)> へ