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「ワールドマスター」の世界を少しでも分かっていただけたらと思って、小説にしてみました。


「ワールド マスター 2  〜 真紅のリーアン 〜」

第二章 「襲 撃」

 

         1,

〔もし、ここが元の世界で、両側にフィビーとチェリーを侍らせて、例えば学校へ行く途だったら〕
 国崎一郎はそんな想像をしてみた。
 同じ高校のブレザーを着て三人が並んで登校する光景は、一郎のあこがれだった。
 それを見たクラスメートは一郎を羨ましいと思うだろうか。
 フィビーはスタイルがいいし、仲間受けしそうな黒い艶やかな髪が腰まで伸びている。顔は知っているどのアイドルや女優にも負けない美人と断言できる。
 チェリーもスタイルは悪くないし、かわいいと思う。少し日に焼けた肌が生命力のあふれたチェリーを表している。
 しかし、本当のことを知ったら、クラスメートは自分を非難するだろう。彼女たちの命を握っているのは自分なのだから。
 元の世界では、女の子を口説き落とすことを「モノにする」という。
 この異世界、「ワールドマスターが支配する世界」では、女性を「モノにする」というのはその言葉通り、所有物にするということだった。
 女性は所有者である男性に絶対に逆らえない。
 ここで一郎の心は屈折する。
 本来なら所有者である一郎はフィビーやチェリーにどんなことを命じようが自由なのだが、逆に一郎は二人を自由にさせている。
 本来なら、大学に入って、思い切り遊んで、ナンパをして、女の子と付き合いたいと思っていた。そのために苦しい受験勉強を続けていた。
 その一郎は自分の知らないうちに異世界に連れてこられ、記憶の一部を封印されて、元の世界に帰る方法を探さなければならなくなった。
 やっと見つけた方法は、「チャレンジャー」となって、ワールドマスターと呼ばれるこの世界の最高権力者を倒すことだった。
 ワールドマスターを倒すためには、七つの宝石と七人の優秀な部下を集めなければならない。部下には自分の腹心、というか所有物である証に刻印を施さなければならなかった。
 故に、フィビーとチェリーの右腕には、焼き印を押したような痕が着いている。
 フィビーもチェリーも一郎にとって、この異世界では大の恩人である。フィビーがいなかったら初めての異世界でのたれ死んでいたかもしれない。チェリーがいなければこの世界で生きていくことは無理だったかもしれない。
 だから、一郎はそんな二人の腕の刻印を見ると胸が痛む。恩を返すどころか自分の所有物にしてしまったのである。
 あのとき、追いつめられ、やむを得ず助かるためにフィビーとチェリーの力が必要になった。そのためには一郎はチャレンジャーになるしかなかった。そして、フィビーとチェリーに刻印を施し、チャレンジャーの力を分け与えるしかなかった。
 せめて、二人には一切手を出さないことが一郎なりの誠意のつもりだった。
「そんな、ごちゃごちゃ考えてないで、好きになったら『好き』と言えばいいんだし、キスしたくなったらキスすればいい。Hしたくなったらそう言えばいいんだ」
 というのは一郎の二年上の先輩である。その人はもう大学生だが、一郎が高校に入学したとき、しきりに剣道部に入るように説得し続けた先輩だった。
 その先輩は剣道部のキャプテンだっただけでなく、そのルックスで全校の女生徒の人気を独り占めしていた。
 一郎の視界が開けた。坂を上りきった向こうに海が見えていた。遠くに砂浜と手前に小さな港があり港町があった。
「あれが」
「アラウアの港町ね」
 一郎、フィビー、チェリーの三人はアラウアの港町まであと一時間の所まで来ていた。
 遠くに町が見下ろせる峠の途中で、一郎たちは、昼食をとった。
 昼食を作るのは、もっぱらチェリーの役目で、一郎も少しは手伝うことがあった。
 反対になにもさせてもらえないのはフィビーである。一度も料理をしたことがないだけに、一郎にも信じられないような失敗をすることがあった。
 チェリーに湯を沸かす鍋を見ているように言われて、フィビーは鍋の中身が蒸発するまでじっと見守っていたのである。
 チェリーは顔を真っ赤にして怒り、一郎もさすがにあきれた顔をしていた。
「まあ、気にするなよ。これから、少しずつ覚えていけばいいんだよ」
 一郎は優しく肩を抱いて、囁くように言ったが、フィビーの心は簡単には晴れなかった。
「大丈夫。知らないことは恥ずかしいことじゃない。新しい可能性の発見でもあるんだ」
 フィビーは一郎の心遣いを知って少し気持ちが落ち着いた。
 何より一郎の「大丈夫」の一言がフィビーにはうれしかった。
 昼食の後かたづけは、三人の協力で何とかなった。
 フィビーにしてみれば精一杯やったというところだが、チェリーには食器が壊れなくてよかったという認識しかなかった。
 荷物をまとめて三人はアラウアの町に向かった。
 遠くに見える町は昼食の時間が近づいているせいか、幾筋も煙が立ち上っていた。
 町に近づくに従って、煙の量が増えていった。
〔イヤに、煙の量が多いなあ〕
 一郎は建物の数に比べ立ち上る煙の量の多さに首をひねった。
 そのとき、爆発で家の一つが吹き飛んだ。
〔何かあった〕
 一郎は不安と興味の混じった妙な興奮で鳥肌が立った。
 一郎が無言で振り返ると、フィビーもチェリーも黙って頷いた。
 三人は荷物を放り出して、アラウアの町に向かって走り出した。

         2,

 アラウアの町は炎に包まれていた。
 炎の中逃げまどう人々を容赦なく襲い、女は捕らえ、男は殺す、非情な振る舞いをする者、それが「海賊」だった。
 彼らは、海からやってきては港町や漁師の村を襲っていた。
 マルカム王国では、領土を失ったサイレス王国の残党というのがもっぱらの通説だった。
 海賊に襲われた町は、草木の一本も残らぬほど略奪の限りを尽くされていた。
〔だが、俺の目の前でそんなことはさせない〕
 一郎たち三人は町の中に飛び込んだ。
 一郎が最初に見たものは逃げまどう母子だった。
 母子は、一郎の姿を見て、観念したように地面にひれ伏した。
「お許し下さい。どうか、この子の命だけはお助け下さい」
 子供はまだ、よちよち歩きの赤ん坊だった。母親の脇で、ぼうっと一郎の方を見ていた。
 フィビーがすっと滑るように母親の前に歩み出た。
「お母様、もう大丈夫ですわ。わたしたちが参りましたからには、ご安心下さい」
 フィビーは膝を折ってかがむと、母親の手をとった。
 はっとなって降り仰いだ母親の顔がぱっと明るくなった。
 その母親の背後から、男たちの声がした。
「おい、いたぞ」
「女だ」
 母親の顔が恐怖に引きつった。振り返った先には、五人の男が剣や槍を携えて、一郎たちの方に向かっていた。
 親子は震えながら逃げ込むように一郎の背後に隠れた。
 五人の男は素早く一郎たちを囲んだ。
「ほう、女が三人と、男とガキか」
「へへ、三人とも、結構上玉じゃねえか」
「男とガキには用はない。いつものようにバラしちまおうぜ」
 なれた口調で海賊たちの声が周囲を包んだ。一郎は空気が濁るような印象を受けた。
 それを挽き破るかのようにチェリーの声がさわやかに響いた。
「あんたたちもここまでよ」
 一歩前に出たチェリーは大きく胸を張った。
「泣いて命乞いをするなら今のうちよ」
 男たちはチェリーの言葉が信じられないようだった。
「へえ、えらく威勢のいい姉ちゃんだな」
「気の強い女、っていうのも悪くねえ」
〔ふん、莫迦ね〕
 チェリーは内心鼻で笑った。
〔五人なんて、真空拳でイチコロよ〕
 チェリーが構えた瞬間だった。
「リ・ポエ」
 フィビーが呪文を唱えた。
 五人の男はゼンマイか電池が切れたように、ばたばたと倒れた。
 フィビーが唱えたのは、相手を麻痺させる呪文だった。
「こら」
 チェリーはフィビーに向かって冷たい視線を送った。
「人の楽しみを奪わないでよね」
 といっても本気で怒っているのではない。
 それが判っているのか、フィビーは笑顔で答えた。
「すみません。でも、この方が早いものですから」
 一郎は母親の方を振り向いた。
「こいつらは、何者ですか」
「か、海賊です」
 一郎はそう言われてもぴんとこなかった。ただ、強盗やならず者の雰囲気は感じられた。
「海賊。これが」
 しかし、似通った服装の五人組に、一郎は軍隊のような組織的な規律のようなものを感じていた。
「僕らの来た方から逃げて下さい。まだ、海賊はいないと思いますので」
 一郎はもと来た道を親子に指し示した。
「あ、ありがとうございます」
 母親は短くそう言うと、子供を抱き上げ走り去った。
「とりあえず、こいつらは縛り上げておこう」
 母子を見送りながら、一郎はそう指示した。
「とどめは刺さないのね」
 チェリーは何気なくそう言った。
 フィビーははっとなって一郎を見つめた。
 一郎はチェリーの決意のこもった表情に何を言いたいのか判った。
「できれば、人間を殺したくない」
「わかったわ。一郎がそういう考えなら、わたしもできる限り殺さないようにするわ」

         3,

 だが、事態はそんな一郎の決意をあざ笑うかのように変化していった。
 五人の海賊を縛り終えたとき、母子に続いて十人ぐらいの男女が逃げてきた。
「た、助けて!」
「助けてくれ」
 その声は絞り出すような悲鳴だった。
 その背後には海賊らしい十人ほどの集団が迫っていた。
「みなさん、早く!」
「こっちです」
 一郎が呼び、フィビーが声を上げて、チェリーが手招きをした。
 三人は、逃げてくる人をかき分け、追ってくる海賊たちの前に立ちはだかった。
 海賊たちの足が止まった。
「なんだ、てめえら?」
 一郎はチャレンジャーの剣を構えた。
 チェリーは奥義をくり出す体制に入った。
「ここから先は通さん」
「どうしても通るなら、わたしたちを倒していくのね」
 一郎の声もチェリーの声も、十分海賊たちを圧倒した。
「ふざけるな。たった三人で何ができる」
 三人の海賊が飛びかかった。
「奥義、真空拳!」
 チェリーのくり出す高速の拳が、飛び出した海賊たちをなぎ倒した。
「うっ」
「おっ」
「ぐっ」
 後ろにいた海賊は弓矢を放った。
 すかさずフィビーは防御呪文を唱えた。
「ラ・ヴィー」
 弓矢はバリアーに弾かれ地面に突き刺さった。
「おっ?」
「おお」
 海賊たちの間に動揺に等しいどよめきが怒った。
 一郎たち三人を油断ならない相手と悟ったのか、海賊たちはじりじりと後退をはじめた。
 そのとき海賊たちの後ろの方で、強い声がした。
「弓矢、前へ!」
 女性の声のようだった。
 海賊の中から弓矢を持ったものだけが一郎たちの前に現れた。
「構え」
 合図と共に海賊たちは弓をつがえた。
 フィビーはすでに次の呪文を唱える準備に入っていた。
「放て! 同時に突撃!」
 その合図に、一郎ははっと胸を突かれた。
〔そうか〕
 フィビーが再び呪文を唱えた。
「ラ・ヴィー」
 矢が数本放たれた。同時に海賊が数人飛び出した。
 矢が、バリアに弾かれて落ちた。
 半秒送れて、三人の海賊がそのバリアに向かって剣を振り下ろした。
 パンとバリアが鳴る。
 海賊たちは弾かれた剣をもう一度振り下ろした。不連続なバリアを叩く音が続いた。
 バリアを支えているフィビーは、不安はないもののその表情は少しこわばっていた。
 チェリーが構えた。
「奥義」
「まて」
 一郎とチェリーの声が重なった。
「真空拳!」
 チェリーはバリアの向こうの海賊達に放ったつもりだった。
 ビンとギターの弦を弾くような音がした。
 一郎はチェリーを突き飛ばした。
 バリアで跳ね返った真空拳が、一郎を襲った。
「うおっ」
 一郎は無数の石をぶつけられるような衝撃を受けた。
「イチ・ロー!」
「イチ・ロー様!」
 振り返ろうとしたフィビーを一郎の声が制した。
「気を抜くな。バリアを張ってろ」
「はい」
 フィビーは視界の中に一郎を入れることなく、海賊達に向き直った。
「イチ・ロー!」
 しかし、チェリーの悲鳴にフィビーは思わず振り向いた。
 チェリーが跪いて一郎を抱きかかえていた。
 一郎は口の端から血を流して目を閉じていた。
「イチ・ロー様!」
 フィビーはためらわずに、一郎に駆け寄った。
 バリアの効力が切れるまで、二秒しかなかった。一郎の側に駆け寄るのとバリアが消えるのは同時だった。
 バリアが消えると、海賊達は一斉に喊声を上げて飛び出してきた。
 チェリーは跪いたまま奥義の体勢をとった。
 そのときだった。

         4,

 迫ってくる海賊達。一人一人手に武器を持っている。
 一本の矢が、チェリーの頭上を越え迫ってくる海賊の額に刺さった。
「ぎゃっ」
 矢を受けた海賊はのけぞって、倒れ込んだ。
 あっという間に、矢の雨が海賊たちに降り注いだ。
「ぐっ」
「わっ」
 チェリーは振り返って矢の出所を確かめたい気持ちを抑えて、奥義を放った。
「奥義、疾槍拳!」
 なおも突き進んでくる海賊に、チェリーの奥義は突き刺さった。海賊は体を折れ曲げ、倒れかかった。
「うおっ」
 悲鳴が後ろの兵士から上がった。
 チェリーの放った奥義は、相手の体を突き抜けてなお威力のある打撃だった。
「ひけっ!」
 女性の声で指示が飛んだ。
 海賊達は突進を止め、背中を見せて退却を始めた。見事なほど統率された動きだった。
 チェリーの背後で、鬨の声が上がった。
 振り返ると、百人以上の軍隊が押し寄せてきた。
 その旗印は、マルカム王国正規軍、リーアン王子のものだった。
 正規軍の兵士は、一郎たちの横を風のように通り過ぎ、海賊を追った。
「エ・スィー」
 フィビーが呪文を唱えた。
 一郎の傷はみるみる塞がり、顔の腫れも退いていった。
 フィビーの頭上で声がした。
「フィビー、大丈夫か」
 振り仰い空の中に、フィビーの兄の顔があった。
「お兄さま」
 一郎は少し頭がくらくらしていた。軽く頭を押さえて上半身を起こすと、フィビーの視線の先に軍服に身を包んだリーアン王子がいた。
「リーアン王子」
「危なかったな。イチ・ロー殿、何があったのだ?」
 一郎は、頭を押さえつつゆっくりと立ち上がった。ふと見ると、不安そうな眼差しでフィビーとチェリーが一郎を見つめていた。一郎は、頭を押さえていた手を放した。
「もう、大丈夫だよ」
 一郎の手は、ぽんとチェリーの肩の上で軽く弾んだ。
 一瞬だった。それでも、チェリーは暖かい空気が肩の上を撫でていったような気がした。
「ありがとうございました、王子」
 一郎は深々と一礼した。
「礼などいい。だが、何があったか、聞きたい」
 リーアンの声が緊張していた。
 一郎はリーアンが海賊退治の任務を受けて出兵していることを思い出した。
「油断していたんです。『海賊』というからもっと単純で乱暴な連中の集まりかと思っていたんですが」
 リーアンは一郎の言葉に慎重に耳を傾けていた。
「敵の指揮が意外にうまくて、神聖魔法への対処方法も心得ているようでした」
「つまり」
 リーアンの目が光った。
「イチ・ロー殿の指揮が未熟だったということか」
 リーアンの視線が一瞬フィビーを捉えた。

          5,

 フィビーはリーアンの言葉に釣られた。
「お兄さま、イチ・ロー様は悪くありません。わたしが迂闊だったのです」
「ほう?」
「イチ・ロー様が倒れられて、動転してしまって、『ラ・ヴィー』を解いてしまったんです。イチ・ロー様に気を抜くなと言われてましたのに」
「違うわ」
 チェリーがフィビーの前に割って入った。
「あたしがいけないの。イチ・ローは『待て』って言ったのに、あたし、調子に乗って奥義を放ったから」
「なるほど」
 リーアンは少しさめた視線で一郎の方を見た。
「イチ・ロー殿、何か付け加えることはないか」
 その視線は冷たく硬いものを含んでいた。
「いや、リーアン王子、今度のことは、俺も、二人も、戦いに慣れていなかったんです」
 一郎の心の中で「まさか」という言葉が浮かんだ。
「優しいな、イチ・ロー殿は」
 リーアンは、視線を地面に落としてから、視線をフィビーに戻した。
「なら、なおのこと、…」
 その体がフィビーと向き合った刹那、リーアンの手が動いた。パンと乾いた音がした。
「きゃっ」
 フィビーの体が斜めに傾いた。リーアンに向けた頬が赤くはれていた。
「な」
 一郎は二の句が継げなかった。
「なんてこと、すんのよ!」
 チェリーがかみつきそうにリーアンに詰め寄った。
「おまえもだ、チェリー」
 リーアンの手が一閃した。やはり、パンと音がした。
「きゃっ」
 チェリーは打たれた左の頬を押さえて少し後ずさった。すぐさまキッとリーアンをにらみ返した。
「なんのつもりよ。いくら王子だからって、わたしたちは仮にもチャレンジャーから刻印を受けた…」
「その自覚がありながら、このていたらくはなんだ!」
 リーアンの気迫がチェリーを飲み込んだ。
「そろいもそろって、主人であるチャレンジャーの命令を無視したのか」
 フィビーがびくっと身体を震わせたのが一郎の目に映った。
「フィビー、母上がこのことをお知りになったら、どんなにお嘆きになるか、分かるか」
 リーアンはチェリーに向き直った。
「チェリー、老師になんと言い訳をするつもりだ」
 チェリーは口を固く閉ざしてうつむいていた。
 フィビーも打たれた頬に手を当てながら、リーアンをじっと見ていた。一郎が目を合わせようとすると、すぐに目を伏せた。
「お前たち、チャレンジャーズになったことを軽く見ていないか。お前たちは、この世界をよりよい方向へ導くという使命があるのだぞ。それを、…」
「やめてくれ!」
 一郎が声を張り上げた。
 全員の視線が一郎に集まった。一郎が大声を出すなど、滅多にないことだった。
「彼女たちの責任は、俺の責任だ。これ以上の口出しはやめてもらおう」
 一郎はきっぱりと言ってのけた。
 内心穏やかでないのはフィビーだった。
〔イチ・ロー様、お兄さまは逆らう方に容赦なさいませんのよ〕
 チェリーはリーアンの唇の端が微かに歪むのを見た。
「やめなかったら?」
 リーアンの一言に、一郎は自分が押さえられなかった。
 一瞬、一郎の左手が動いた。次に右拳がリーアンに向かっていった。
「あっ!」
 チェリーは一瞬一郎を止めるべきかどうか迷って声を出した。
 右拳がきれいにリーアンの左頬にはまった。
 リーアンは半歩足を開いた。その顔は言い知れない怒りに染まっていた。
 そのリーアンの表情に気付かないほど、一郎も気が高ぶっていた。
 一郎は右手を引いて構えた。
 ぱっと緊張の空気が張りつめた。
 一郎とリーアンはにらみ合ったまま微動だにしなかった。


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