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「ワールドマスター」の世界を少しでも分かっていただけたらと思って、小説にしてみました。


「ワールド マスター 2  〜 真紅のリーアン 〜」

第一章 「夢」

 

         1,

 リーアンは夢を見た。
 それは、初めてローリーと出会ったときの物語だった。

         ○

 父王カンパミに付いて初めて海賊退治に出かけた十二才の夏だった。
 戦場となったアラウアの港町で、リーアンはローリーに出会った。
 ローリーは桟橋に腰を下ろして海を見ていた。その目は遙か遠くを見ているようだった。
 リーアンが気になったのは、その少女の身体が全身びしょぬれだと言うことだった。薄い生地で袖がないドレスが濡れて体に張り付いていた。
 栗色の髪が濡れて、茶色っぽく見えた。しかし、雪のように白い肌は、精巧に作られた彫像のようだった、
 リーアンはそっと近づいてみた。
 ローリーはリーアンに全く注意を払わなかった。
「どうしたんだ、おまえ。濡れてるじゃないか」
 リーアンが話しかけても、ローリーは微動だにしなかった。
「おい、返事ぐらいしろ。仮にもわたしはマルカム王国の王子だぞ」
 リーアンは少々声を大きくした。
 それでも、ローリーは海を、沖の方を見つめたままだった。
「おい、おまえ、聞こえないのか」
 リーアンはローリーの肩をつかんで揺すった。
 それでも、ローリーはリーアンの方を振り向こうとはしなかった。
〔なんだ、こいつ。頭がおかしいんじゃないのか〕
 そのローリーがある音に反応した。
 シャリン、という鎖が崩れるような音がした。
 ローリーの肩がびくっと震えた。
「聞いたかい、相棒」
 しゃがれた低い声だった。
「おう、聞いたとも」
 続いて同じように低いがしっかりした声がした。
「王子様だとよ」
「ああ、捜し物に来て、思わぬ落とし物を見つけたなあ」
 リーアンが振り返ると、無精髭を伸ばした男が二人立っていた。十二才のリーアンと比べてはるかに背も大きな男たちだった。
 腰に剣を携え、手に鎖を持っている。
 リーアンは剣を抜いて構えた。
「貴様たち、海賊か」
 見れば分かる、が、リーアンはそう叫んでいた。声を聞いて近くにいる味方の兵が集まってくるかも知れないと思ったからだ。
 それと知ってか、二人の男はじりじりとリーアンに近づいてきた。
 震える手が、リーアンの腰のあたりをつかんだ。
 リーアンが気付いて、目をやると、青ざめて身体を震わせているローリーが立っていた。
 その隙をつくように、二人の男がリーアンに飛びかかってきた。
 男の投げた鎖がリーアンの剣にからみついた。
 もう一人の男の剣がリーアンに迫った。
「王子様、その首、いただくぜ!」
 無精髭の奥で男の口が醜く歪んだのが見えた。
「いやあっ!」
 悲鳴を上げて、ローリーがリーアンの身体をかばった。
「なにっ」
 男の剣が止まった。
 その隙を今度はリーアンがついた。
〔カンボジ先生、その教え、無駄にはしません〕
 鎖の絡まった剣をリーアンは投げ捨てた。
 もう一人の男が体勢を崩す間に、リーアンは身構えた。
「奥義」
 リーアンの気が高まって、掌に集まった。
「点破撃!」
 突き出した掌から、リーアンの練った気が風となって迸った。
 一瞬遅れて、剣を持った男は後方に吹き飛んだ。
「あ」
 鎖を持った男は呆然とその光景を見送った。
 その男の耳に、リーアンの声が届いた。
「奥義」
 男はまだ夢からさめやらぬ様子でリーアンに視線を戻した。
 リーアンが再び身構えていた。
「真空拳!」
 リーアンの拳が迫ってくるまで、男はまだ呆然とその動きを目で追っていた。
 無数の拳が男の顔に、胸に、腹に叩き込まれた。
「ぐあっ」
 男は悲鳴を上げかけて、それをさらにリーアンの拳が塞いだ。
 男は顔中を血だらけにして倒れた。どさっと埃っぽい音を立てながら。
「ふん。子供だと思って、油断したな」
 リーアンは不敵な笑みを浮かべて、つま先で倒れた男の脇腹を蹴った。
 男は鎖を投げ出して、ぴくりとも動かなかった。
 リーアンはもう一人の男の側に駆け寄った。
 こちらの方はリーアンに腹を蹴られて、低くうめいた。
 リーアンはにやりと笑った。その笑顔は悪魔的で、無邪気な少年の要素も加わって、ぞっとするほど冷たかった。
 ローリーはまたもとの虚ろな目に戻って、リーアンのすることをじっと見ていた。
 リーアンは軽く足をあげ、狙いを付けるとそのまま足を振り下ろした。
「うおっっっ」
 絞り出すような悲鳴が上がった。
 悲鳴に紛れて、肩の骨が砕ける音はリーアンにしか聞こえなかった。
「もう片方の肩を砕かれたくなかったら、俺の聞くことに答えろ」
 そう言いながら、リーアンは無事な肩の上に足を掛けた
「わ、わかった。な、なんでも言うから。足を下ろしてくれ」
 声が震えて裏返っていた。
「よし。なぜ、舞い戻ってきた」
 リーアンの言葉の意味が分からないかのように、男は首を傾げた。
「我ら王国軍が勝利したのに、なぜ戻ってきた。負けを認めるならさっさと退却すればいい。おまえがまだここにいるのはなぜだ」
 男の視線が一瞬ローリーの方へ走るのをリーアンは見逃さなかった。
「あの女の子か」
 リーアンの言葉に男の視線がリーアンの方に戻った。
「訳は、なんだ」
 リーアンが足に少し体重を掛けた。
 とたんに悲鳴に似た声を男は上げた。
「し、知らん。命令を受けただけだ。報酬もたっぷりとくれるって」
 言い終えた男は激しく首を振った。これ以上は知らないという意味なのか、目の前の子供の姿をした悪魔に恐怖を感じたのか、それは分からない。
「そうか」
 リーアンはこれ以上は聞けないと悟って足を離した。
 男はほっと短くため息をつくと、安心したような笑みを浮かべた。
 次の刹那、男の顔が引きつった。
 風のような速さで、リーアンの足が降りてきた。
 またしても骨の砕ける音はリーアンと男自身にしか聞こえなかった。
 男は今度こそ断末魔のような絶叫をして失神した。

         2,

 リーアンは、ローリーの側に歩み寄った。
 ローリーが震えているのは、濡れた身体が寒かったからだけではなかった。
 リーアンは自分の手に着いた血に気付いた。
〔派手に殴ったからなあ〕
 リーアンは腰のベルトに掛けてあった布をで、その血を拭き取った。
「もう大丈夫だぞ、えーと、…」
 リーアンはまだ名前を聞いていなかったことに気付いた。
「名前は?」
 リーアンはローリーの肩に手を伸ばした。
 ローリーは震えた身体をぎゅっとこわばらせた。
 リーアンはそれを濡れて身体が凍えているせいだと思いこんだ。
 リーアンは上着を脱いだ。
 その上着はローリーの身体を暖かく包み込むように掛けられた。
 ローリーは不思議そうにリーアンを見つめた。
 そのとき、味方の兵士たちが男の悲鳴を聞いて駆け寄ってきた。
「王子、お怪我はございませんか」
「参謀長殿か。大過ない」
 参謀長と呼ばれた男は周囲を見て何があったかを悟った。
「おい」
 参謀長は兵士たちに命じて、海賊たちを連行した。
「王子、そちらの娘は」
「わたしの命の恩人だ。危ないところをかばってくれた」
 参謀長は意外そうにリーアンを見た。
〔どんなときでも余裕を見せていたのに。危ない目にあったことを認めるとは〕
 成長したのか、それとも他に理由があるのか。
 参謀長は、リーアンの背後に隠れるように立っているローリーに歩み寄った。
「娘さん、名前を聞かせてくれるかな」
 ローリーはそれを避けるようにリーアンの体を回り込んだ。
 リーアンはそんなローリーの肩を正面から掴まえた。
「おまえ、名前は?」
 これで名前を聞くのは何回目だ、と多少いらいらしながら、リーアンが聞いた。
 ローリーはやっと蚊の羽音のような、細い声を出した。
「ロ」
〔お、やっと、口を開いたな〕
 リーアンは得意そうに笑顔を作った。
 その笑顔に釣られるように、ローリーは口を開いた。
「ローリー」
「ローリー?」
 問い返すリーアンに、ローリーは首を縦に振った。
「だそうだ」
 リーアンは参謀長の方を振り返った。
「では、ローリー」
 参謀長が近づくと、ローリーは避けるようにリーアンの陰に隠れた。
 震えた女の子に頼られるのは初めてだった。リーアンは新鮮な驚きを感じた。
 顔は青ざめてはいるが、ローリーのしっかりした目鼻立ちに、リーアンは儚げで優しい美しさを見たような気がした。
 参謀長の代わりにリーアンが聞いた。
「ローリー、家はどこだい」
 ローリーは首を振った。
「じゃあ、家族はいるのかい」
 ローリーは同じ動作を繰り返した。
「親戚は? 誰か知っている人はいないのか」
 ローリーはまたしても同じ動作を繰り返した。
「どうします、王子」
 参謀長はリーアンの変化を察したのか、リーアンに意見を求めた。
「連れて帰ってはだめかな。行くところがないなら、わたしの身の回りの世話をしてもらおうかと考えたのだが」
 参謀長は自分の想像が当たったのを内心喜んだ。
「それは王子の好きになさって下さい。王子のモノになさっても異を唱える者はいないでしょう」
 女を自分のモノにする、いつかは自分にも来ることだと分かっていたが、リーアンは思わず顔を赤くした。
「ローリー」
 傍らの少女に、リーアンは優しく話しかけた。
「わたしと一緒に来るか」
 ローリーはリーアンの言葉が信じられないといった表情で、リーアンの顔を見つめた。
「どこにも行くところがないなら」
 その言葉に、ローリーはうつむいた。
 リーアンは一瞬ローリーの目が海に向けられたのを見逃さなかった。
 ローリーは悲しげな表情でリーアンを見つめた。
「どうだ」
 リーアンはローリーの両肩に手をおいた。
 ローリーは黙って頷いた。

         3,

 リーアンが目を開けると、目の前にローリーの寝顔があった。
 体を横にして向き合ったまま眠ったようだった。
 リーアンの右手がローリーの肩の上に、ローリーの左手がリーアンの腰の上にのっていた。
〔夢か〕
 目の前のローリーは、夢の中から七年が経過していた。
〔あのときは、ただ、いわくありげな彼女を側に置いておくのが面白かった。だが〕
 リーアンは、肩に置いた手を体に沿って腰まで滑らせた。
 雪のように白いローリーの肌は、何も着けておらず、なめらかで暖かかった。
 リーアンの動きにローリーが微かに瞼を震わせた。
 リーアンは体をローリーの体に密着させた。
 全身が柔らかな肉感に包まれた。
 ローリーが目を開けるのを待って、リーアンは唇を重ねた。
「んっ」
 ローリーは何か言いたかったようだが、リーアンはそれを無視した。
 ローリーはあきらめたように目を閉じた。
 それから深く吸い合うようなキスを交わした。
 唇が離れたとき、ローリーは透き通るような声を出した。
「おはようございます、王子様」
「おはよう、ローリー」
 軽く触れるだけのキスをした。
「今日もきれいだよ」
 リーアンはローリーの髪を撫でつけると、微笑んでみせた。
 ローリーは少し頬を染めて微笑んだ。
〔この笑顔を見るためにずいぶん苦労したんだ〕
 リーアンはテントの中に射し込んでくる朝日に気付いた。
 シーツをはねのけて起きあがると、ローリーの裸身が横たわっていた。
 ローリーもゆっくり起きあがるとベッドから降りた。
 落ちていた女モノを拾って、ローリーは着た。
 リーアンは下着を着け、薄手のシャツを着ようとした。
「王子様、私がいたします」
 ローリーは歩み寄ってリーアンからシャツを受け取った。
「たのむ」
 リーアンは体の力を抜いて、床の上に立った。
 ローリーは、リーアンの後ろに回って、シャツをリーアンの肩に掛けた。それから、手際よく、それでいて優しく、リーアンの手をとり、袖を通した。ローリーは正面に回って、前のボタンを留め始めた。
「王子様、苦しいところはございませんか」
「いや。いつもながら、優しい手をしているな」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。ローリーのおかげで、身の回りのことには不自由しない」
 リーアンはローリーを優しく抱きしめた。
「いけませんわ。まだ、途中です」
 少し顔を赤くして、ローリーは小さな声で訴えた。
「軍服を着るなど、わずかの間だ」
「また、朝食に遅れるようなことになりましたら、参謀長様にお叱りを受けます」
「うるさい口だな。塞いでしまうぞ」
 そう言い終えると、リーアンはローリーの唇を自分の唇で塞いだ。
 ローリーは微かな抵抗の意思を表すように少しだけ頭を動かした。
 リーアンの唇の中から舌が現れてローリーの唇を軽く叩いた。
 ローリーは逃げようとした力を抜いて、リーアンの舌を迎え入れた。
「ん」
 ローリーの口から何かを満たされたような息が洩れた。
 リーアンは満足そうな表情で唇を離した。
 見上げるローリーの目が少し酔ったようにリーアンを見つめていた。
「よし。着替えるぞ」
「はい、王子様」
 リーアンはローリーの手を借りて素早く軍服を着込んだ。
 着替え終えたリーアンが部屋を出ていったあと、ローリーは一人取り残された部屋で女モノから普通の侍女服に着替えた。
 そのあと、ローリーは部屋の片隅にあった丸椅子に腰を下ろした。
 あとは、リーアンが再びこの部屋に戻ってくるのを待つだけである。
 ローリーはこの部屋から一歩も出られない。それは彼女がリーアンのモノだから。唯一外に出られるのは、軍隊が移動するときだけである。
 リーアンの温もりが残る部屋で、ローリーは静かに目を閉じた。
〔わたしは、リーアン王子様のモノ。それは、家具や調度品と同じ〕
 それでも、ローリーの胸の奥には大切にしまい込まれた「夢」があった。今はその「夢」を思い起こしもっと幸せな気分に浸ることのできる時間だ。
 ふと、ローリーの心の片隅に二人の少女の姿が浮かんだ。元は王女だった女の子と、下町育ちで男勝りなところのある女の子だった。
〔あの二人は、自分の置かれた立場に馴染んでいけるのだろうか。いままでとは正反対の立場に〕


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