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「ワールドマスター」の世界を少しでも分かっていただけたらと思って、小説にしてみました。


「ワールド マスター 1  〜 マルカム王国編 〜」

ダウンロードできます。(ただし、一太郎Ver.6形式です。すみません)


第一章 「出会い」

 

         1,

 

〔ここは、どこだろう?〕

 国崎一郎は、目を開いて周りを見た。

 一郎の周囲は、青々と繁った深い森だった。普通に視線を延ばすと、葉と葉の隙間から、青い空の一部が見えた。背中にひんやりとした地面の感触が広がった。

〔そうか、僕は、寝そべってるのか〕

 一郎は自分の姿勢を確認すると、むっくりと上半身を起こした。そして、背中に着いた土や草を払うと、もう一度辺りを見渡してみた。

 周囲は深い森だった。所々で、陽が射していた。広葉樹が繁り、その木に蔦が巻き付いているところもあった。その木々の根元にも、地面にも、膝ぐらいの高さにまで成長した稲のような草がびっしりと生えていた。

 だが、その景色に一郎は見覚えがなかった。最初はそうだった。しかし、立ち上がったとき、何かが一郎の心の中で引っかかった。

 一郎はもう一度辺りを見渡した。

〔確かに、こんな所へ来た事は一度もない。それに、僕は、確か、自分の部屋で受験勉強をしていたはずだが‥‥〕

 一郎はふと足元を見た。両足にはしっかりと愛用のジョギングシューズが入っていた。

〔ひょっとして、夢でも見てるのかな?〕

 お決まりのパターンだが、ほっぺたをつねっても、手の甲をつねっても、痛みはあった。

〔次に考えられるのは、僕が記憶喪失になった場合だが‥‥〕

 一郎は自分のプロフィールを思い出してみた。

〔僕の名前は、国崎一郎(くにさき・いちろう)。年齢は十八。身長は百七十七センチ。体重は六十八キロ。住所はA県B市C町十二番地。血液型はB型で、Rh+。現在、高校三年生。クラブは将棋部。両親は小学校の教師で、妹が一人。彼女イナイ歴が十八年。趣味はオートバイと水泳と、あと何だっけ〕

 他にも、友人のことや、よく行く喫茶店や、好きな歌手や歌なども思いだした。一郎ははっとなって腕時計を見ようとした。だが、いつも左腕に着けているはずのデジタルウォッチは、なかった。

〔今日は、西暦一九九九年、十二月、十日だよな?〕

 どうやら、記憶喪失ではないらしかった。一時的な記憶喪失もありうるが、そこまで考えるのはやり過ぎだろう。

〔ということは、誰かにここまで連れてこられて、放り出されたってことか?〕

 そう考えるのがこの場合一番妥当のようだった。一郎はその「誰か」のことを考えると、急に腹が立ってきた。

〔くそっ。受験生をこんなところへ置き去りにしやがって。絶対に許さねえぞ〕

 しかし、怒りをぶつける相手がいないのでは仕方がない。一郎はとりあえず、この森の外へ出ようと思って、歩き出した。すると、見慣れたものが木にぶら下がっているのに気が付いた。

「あれ? これは、僕のジャンパーじゃないか?」

 思わず声が出た。

 手に取って確かめると、それは、確かに一郎のジャンパーだった。ポケットには、通学用の定期券が入っていた。他にも、ボールペン、メモ帳、カッターナイフ、ハンカチ、ポケットティッシュ、それに小銭が少々入っていた。一郎はそのジャンパーをいつものような調子でトレーナーの上から着込んだ。

 袖に腕を通し終えたとき、女性の悲鳴が聞こえた。一郎はその声の方に走りだした。そして、地面に倒れている若い女性を見つけた。

「おい、大丈夫か?」

 一郎は迷わずその女性を抱き起こした。

 その女性の顔を見て、一郎はぎょっとした。顔立ちが日本人ではなかった。その女性は肌の色は白いが、アラブ系の顔立ちだった。よく見れば服装も、どこかの民族衣装という感じだった。

〔ひょっとして、僕はとんでもないところへ連れてこられたんじゃないか?〕

 そう思うと急に不安になってきた。

「う、うーん」

 一郎の腕の中で、その女性がうめき声を上げた。

「お、おい、しっかりしろ」

 彼女は、目を開けた。茶色い瞳をしていた。

「お願いです」

 彼女が日本語をしゃべった時、一郎は驚くよりほっとした。

「異国の方、お願いがあります」

 彼女の話し方はどこか苦しそうだった。

「待て、無理に話そうとするな」

 一郎は彼女がもっと楽な姿勢になれそうなところを探した。

「いえ、わたしは、もう、助、か、り、ません」

 彼女はぎゅっと一郎のジャンパーの襟をつかんで言った。

「それより、マルカム、王国の、王女であら、せられる、フィビー姫が、猿、人たちに、さら、われて、し、まいました。どうか、姫様を、お助けください。」

 彼女は、かっと目を見開くと口から血を吐き出した。

 これには、一郎は愕然とした。

「おい、死ぬんじゃない。まだ、聞きたいことがあるんだ」

「どうか、フィビー姫様を、‥‥」

 彼女はそう言い終えると目を閉じてしまった。ジャンパーの襟をつかんでいた両手も力なく垂れ下がった。

「おい、しっかりしろ!」

 一郎は彼女の体を激しく揺すった。しかし、なんの反応もなかった。一郎は彼女の胸に耳を当ててみた。心臓の音も、呼吸をする音も全く聞こえてこなかった。一郎は慌てて彼女の手の脈を取った。やはり、なんの反応もなかった。

〔死んだ? まさか、本当に!〕

 一郎はもう一度彼女の体を揺すってみた。それでも、反応はなかった。

 一郎は自分で顔から血の気が失せていくのが判った。十八年間生きてきたが、人の死に直面するのはこれが初めてだった。

 一郎は彼女の体が冷たくなっていくまで、その体を抱えて、呆然としていた。

 

         2,

 

〔さて、これから、どうするかな?〕

 一郎は彼女の亡骸を土に返して、石を積み重ねた墓標を作った。

〔別に、彼女の言うとおりにしなきゃならないわけじゃない。どこかの町で事情を説明すれば済むことかも知れない。だけど、‥‥〕

 一郎は彼女の形見の首飾りと短剣を手に取って見つめた。首飾りは、銀色の鎖に銀細工と赤、青、緑の三色の宝石で飾られていた。短剣も、三色の宝石が飾られて全体に白く塗られた鞘に収まっていた。短剣の柄の部分は赤い糸が丁寧に巻かれていた。

〔遺言は守らないとな〕

 一郎は、短剣と首飾りをポケットの中にしまうと、森の奥に向かって歩き出した。日はすでに西に傾いていた。日没まで後二時間というところだろう。

 一郎は彼女が息を引き取った現場にあった無数の足跡を追った。今のところ、お姫様とやらを探す手がかりはそれしかなかった。

〔それにしても、『猿人』て言ったよな。原始人みたいな奴のことだろうか。沢山いたら、こっちは一人だし、助けようがないよな〕

 三十分ほど歩き続けたとき、視界の隅を茶色いものが横切った。一郎は足を止め、それを見つめた。どうやらスポーツバッグぐらいの大きさの鞄のようだった。

 一郎はそれを拾い上げると、中を開けてみた。中には、衣装が入っていた。その布の手触りと、デザインから考えて、死んだ彼女の衣服ではなく、さらわれたお姫様のものだと、一郎は判断した。

〔これは、何かの役に立つかな?〕

 一郎は鞄を手に持って歩き出した。

 さらに、三十分歩くと前方から猿の鳴き声のようなものが聞こえた。どうやら、目的地に到着したようだった。

 一郎は慎重に、足音を立てないように、その鳴き声に近づいていった。やがて、二つの人影が目に入った。一郎は思わず地面に伏せた。

 その二つの人影はまさに『猿人』だった。頭はチンパンジーにそっくりで、体はほとんど裸で、腰に毛皮のようなものを巻き付けているだけだった。それぞれ右手に棍棒のようなものを持っていた。二人の猿人は何かを話し合っているようだった。

〔おや? あれは?〕

 猿人の背後の木には、誰かが縛り付けられているようだった。日陰で暗くなっているのでよく見えないが、髪の長い若い女性のようだった。

〔ひょっとしたら、例の、フィビーとか言うお姫様かな?〕

 一郎は、猿人たちに気づかれないように背後に回った。猿人たちは何か話し込んでいるようで、一郎が草を倒して立てた音にも気づかないようだった。そうして、一郎は、女性が縛られている木の裏側にたどり着いた。

〔問題はここからだ。二人の猿人に全く気づかれずに、縛られている女の人を助け出せるかというと、自信が無い〕

 一郎はどうやって女の人を助け出すか考えた。

〔猿人の奴らを気絶させて、その隙に助け出す、というのが一番楽かな? よし、決めた!〕

 一郎は、手ごろな大きさの石を二つ用意した。

 そして、木の後ろに隠れて、まず右側に立っている猿人にソフトボールぐらいの大きさの石を投げつけた。その猿人は、背中のまん中に石をぶつけられ、「ギャッ」と叫び声をあげるとそのまま地面に倒れた。

 もう一人の猿人は、びっくりしてそいつの側に駆け寄った。そこをすかさずそいつの背後から、一郎はもう一つのバレーボールぐらいの大きさの石をそいつの頭にたたきつけた。そいつは、声も出せずにその場に倒れた。

「死んだかな?」

 猿人とは言っても、人の形をしたものを殺すのは余り気分いいものじゃない。一郎は倒れた二人の猿人をよく観察した。幸い息はしているようだった。

 一郎は気を取りなおして、縛られている女の人の方を見た。最初遠目に見たときは、ただ髪が長くて色の白いだけの女性と思ったが、それだけではなかった。一郎と同い年か少し下に見え、顔立ちは某女性アイドルにそっくりの目茶苦茶かわいい女の子だった。瞳は茶色で、髪は黒くて艶があり、唇は薄いチェリーピンク色をしていた。そして、髪の毛は腰までの長さがあった。

 そこで一郎は思わず息を飲んで、赤面した。彼女は何も身につけていなかったのだ。雑誌やビデオでは何度か目にしたし、美少女アイドルMのヌード写真集も買ったから慣れているつもりだった。だが、いざ目の前に生で美少女の全裸を見せつけられると目を反らさずにはいられなかった。

「あの、大丈夫ですか?」

 一郎は、うわずった声を出してしまった。

〔落ち着け。落ち着けよ〕

「ああ、助けて下さるのですね」

 それが彼女の声だった。それを聞いたとき、一郎は、鈴を転がすような声とはこんな声かと感心した。それは、ソプラノのように高く、でも、耳に響くほど高くはなく、心地よい余韻が残るような声だった。

 一郎は、気分を落ちつかせるために深呼吸をした。

〔僕は、彼女を助けにきたんだ。まず、彼女の縄を解いて、それから、ジャンパーを着せてやらないと〕

 一郎は、事務処理でもしているような気持ちで、彼女の側に近寄った。彼女の髪から甘い匂いがしたときは、ドキッとしたが、すぐに一郎は自分の煩悩を押え込んだ。

「あなたは、フィビー姫ですか?」

 一郎はただひたすら、縛っている縄、というより草の蔓の結び目に神経を集中させて、聞いた。

「はい、そうです。あなたは?」

 一郎は、ポケットから短剣と首飾りを取り出して、彼女に見せた。

「これに、見覚えはありますか?」

 彼女の声が急に荒くなった。

「はい! 侍女のマティーのものです。彼女は、マティーは、どうなりましたか?」

 一郎は、短剣を鞘から抜いた。一瞬、フィビーが息を飲むのが判ったが、一郎はためらわずに短剣で彼女を縛っている蔓を切り落とした。

「あ、ありがとうございます」

 フィビーは縛られて蔓が体に食い込んだ部分をさすっていた。一郎は、素早くジャンパーを脱ぐと、彼女に渡した。

「これを着てください」

「は、はい」

 彼女は、袖を通すことはできたが、チャックの上げ方までは判らなかったようだった。彼女はジャンパーの前を閉じるように必死に押さえていた。彼女の身長は百五十五センチぐらいだろうか。ジャンパーの下から彼女の太ももの半分ぐらいが見えていた。

「とりあえず、ここを離れましょう」

 一郎はフィビーを促した。

「はい」

 彼女が顔を赤らめながらも、白い歯を見せて笑ってくれたのが妙にうれしかった。

 

         3,

 

 そして、一郎とフィビーは小走りに十五分ぐらい走った。

 一郎は、あることに気づいて立ち止まった。

「あ、そうだ」

 一郎は、手に持っていた鞄を彼女に差し出した。

「これ、あなたのですか?」

「はい、そうです。拾って下さったのですね。感謝します」

 彼女は一礼すると、鞄を受け取った。そして、さっと木の陰に回った。

〔着替えでもするのかな?〕

 しばらくして、彼女が木の陰から現れたとき、一郎の思った通り、彼女は鞄の中の服に着替えていた。

 彼女の衣装は、どこか、アラビアンナイトの登場人物を思わせた。いわゆるイスラム風の民族衣装だが、足を覆っているのは白いニッカポッカという感じだし、白い長袖のツーピースの上着のようなものを着て、その上からオレンジ色の胸までしかないベストのようなものを着ていた。彼女が足にはいているのは、パンプスの様な皮でできた靴らしかった。

 彼女は、長い髪を二つにまとめて、肩から胸にかけて垂らしていた。

 彼女はいきなり一郎の目の前で、土下座をした。両手と額を地面につけて、こう言った。

「お助けいただきまして、まことにありがとうございます。わたし、マルカム王国、第十一代目、カンパミ王が長女、フィビーと申します」

 これには、一郎は大いに慌てた。人に頭を下げられるなど、一郎には、生涯最後の体験のように思われた。

「フィビー姫、どうか、お手をお上げください。わたしは何も大したことはしておりません」

 一郎はすらすらと口から敬語出てくるのが自分でも不思議だった。

〔まあ、美少女でお姫様と来れば、緊張してもしかたないよな? そこはかとなく、気品や威厳が漂ってるもんな〕

 一郎は自分で自分を納得させた。

 そして、一郎は、フィビーの前で両膝をついて、彼女の両手を取った。暖かくやわらかい感触が伝わってきた。

 フィビーは、顔を上げて一郎の目をまっすぐみつめた。彼女の目はやや潤んでいるようだった。一郎はどきっとして、目を反らしかけたが、思いとどまるように視線を彼女の瞳に合わせた。

「異国の方とは存じますが、失礼でなければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

〔随分と、腰の低いお姫様だな。ま、悪い気はしないね〕

「はい、国崎一郎と言います」

「クニ・サキ・イチ・ロー、様、ですか?」

「『国崎』は名字です」

「『ミョウジ』、とは?」

「家の名前です。先祖代々受け継がれてきた一族の名前です。『一郎』は、僕個人を指す名前です」

「では、『イチ・ロー様』とお呼びしてよろしいですか?」

「構いませんよ。僕も、『フィビー姫』とお呼びしてよろしいですか?」

「はい」

 フィビーの花が綻ぶような笑顔に、一郎はまたもドキッとした。

〔あああ、僕、最後まで冷静でいられるかな?このままじゃ、心臓がもたないよ〕

「あの」

 フィビーが、恐る恐る声をかけた。

「イチ・ロー様、どこか、ご気分でも、害されたのですか」

 それを聞いて、一郎は、自分の顔に感情が出ることを押さえられないことを知った。

「いえ、大丈夫です」

 一郎は、努めて平静を装おうとした。

「イチ・ロー様」

 フィビーは、改めて質問を始めた。

「はい、なんでしょう?」

「侍女のマティーは、どうなったのでしょうか?」

「おなくなりになりました」

 一郎は重たそうに口を開くと、フィビーの表情を確かめた。

 フィビーは、冷静に質問を続けた。

「マティーの亡骸はどうされましたか?」

「その場で、土の中に埋めました」

 フィビーの表情が変わった。悲しみというより不思議がっているようだった。

「それは、イチ・ロー様のお国の風習ですか?」

 その質問でフィビーの表情の意味が一郎に判った。

〔しまった。遺体を埋めたのはやり過ぎだったかな。宗教問題が絡むとちょっと厄介だな〕

 一郎は慌てて付け加えた。

「勝手なことをして申し訳ありません。僕たちの国では、死んだものは自然に返るという宗教がございまして、‥‥」

 一郎の慌てぶりを察してか、フィビーはくすっと笑った。

「いえ、わたしの国でもそうですわ。どうか、お気になさらないでください。死んだマティーも感謝していることでしょう。それより、イチ・ロー様」

 フィビーは真顔になって一郎に訴えた。

「お願いがございます」

〔え、なんだろう?〕

 

         4,

 

 一郎は、フィビーの言葉に緊張して耳を傾けた。

「わたし、国を離れ、この『迷いの森』にまで参りましたのは訳がございます」

〔そうか、この森のことを『迷いの森』というのか〕

「わたしの母、王妃フィルーが重病に倒れ、余命幾ばくもありません。母を病から救う方法はたった一つ、『リアニの木の実』を食べさせることです。このリアニの実は大変貴重なもので、どの様な怪我や病もたちどころに治してしまう効果があります」

「へえー、便利な木の実ですね」

「このリアニの実を手に入れる方法は二つございます。一つは、この森に自生するリアニの木から実を手に入れること、もう一つは、貿易商人、バネコバから買い取ること、この二つです」

「では、フィビー姫がここにこられたのは、そのバネコバとかいう商人が法外な値段を付けてきたからなんですね」

 フィビーは、こっくりとうなずいて、話を続けた。

「貿易商人バネコバは、リアニの実の値段として、一千万ガルズを要求してきました。これは、我がマルカム王国の二年分の税収に匹敵します」

「二年分の税金ですか? それじゃ、高すぎて買えませんよ。いや、売らないと言っているようなものです。ということは、そいつの目的は別にあるということになりますね」

「貿易商バネコバは、わたしに妻になることを要求してきたのです」

 一郎は、フィビーの目に怒りの色が燃え上がったような気がした。数瞬の沈黙が二人の間に流れた。

〔人の弱みに付け込むとは、許せん商人だな〕

 一郎は、フィビーの怒りが判るような気がした。

「それにしても、フィビー姫、お供の方が一人というのは、少々、不用心ではないですか?」

 フィビーの顔にさっと赤みが差した。フィビーが唇をぎゅっと引き締めるのが一郎に判った。

〔しまった。言い過ぎたかな〕

 フィビーのプライドを傷つけることになったかも知れない、一郎はそう感じてなんとかその場を取り繕おうとした。

「い、いや、す、すみません。これ、これは、言い過ぎました」

 一郎の慌てぶりがおかしかったらしく、フィビーは、表情を緩めてくすっと笑った。

「いえ、イチ・ロー様のおっしゃるとおりです」

 一郎はホッと胸をなで下ろした。

 フィビーは、再び真顔になった。

「わたしの叔父上、ベンデス大臣もそれを心配されて、三人の剣士を供に付けて下さったのですが、砂漠を越えるときに二人、猿人に襲われたときに最後の一人を亡くしてしまいました。ですから、‥‥」

 フィビーは姿勢を改めて、一郎に訴えかけるような視線を送った。

「ですから、今のわたしには、時間も残されておりません。母の命を救うため、どうしても、リアニの実が必要なのです」

〔うーん、ここまで来ると話の先が読めるなあ〕

「イチ・ロー様、なにとぞ、わたしにお力をお貸しください」

 フィビーは、再び地面に額突いた。

〔この状況で美少女のお願いを断われる男がいたら、お目にかかりたいよ〕

 一郎の決意は既に固まっていた。

「わかりました、フィビー姫。微力ながら、この国崎一郎、姫のために持てる力の全てを捧げます」

 フィビーは、はっと顔を上げた。その時のフィビーの表情が、実に晴やかな笑顔と潤んだ瞳で、一郎に向けられたものだから、一郎の心臓の鼓動はさらに早くなって破裂しそうになった。

「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません。無事に母を助けることが出来た暁には、わたしの持てる全てでイチ・ロー様に報いさせて戴きます」

 一郎は自分の心臓を静めるつもりで、冷静に言った。

「では、フィビー姫」

 しかし、一郎の思惑とは裏腹に声はうわずっているし、顔は火が出ているかと思うほど熱かった。

「参りましょう」

「はい、イチ・ロー様」

 このときのフィビーの笑顔が、うれしさからなのか、それとも一郎の慌てぶりからなのか、一郎には判断できなかった。

 


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