母と子のアジス奮戦記


16、ケニア旅行<14,01,99>



98年12月25日より、99年1月3日まで、私たちはケニアで過ごしてきました。今回は、
その旅行の様子でも書いてみようと思います。

12/25、朝10時頃空港へ到着。いつもに増して今日は、チェックインなどとてもスムーズにいく。
ケニアエアーでナイロビへ。ここまではかなり順調。
ナイロビのシ゛ョモケニヤッタ空港からホテルへ向かう途中、しかもあと3分ほどでホテルという
ところで、旅行会社の車がオーバーヒートだかなんだかにより、エンコ。
うー、さい先悪いぞー。
旅行会社の人があわてて拾ってきたタクシーで、やっとホテルに到着。

ナイロビサファリクラブというそのホテルは、全室スイートというのが自慢のホテル。確かにベッド
ルームとリビングに別れていて、ちょっとリッチな気分。

ディナーを下のレストランで食べていると、私のOL 時代の友人が日本から到着した。再会を喜び合い、
まもなくディナーに降りてきた友人とそのお姉さんがせっかく隣のテーブルに座ったのだが、突然遥が
便意を催し、急遽私たちは部屋に退却。遥は、まもなく復活してくれたので、友人を部屋に呼んで久々
に語り合う。

12/26、前日の晩は、遥と2人でシングルベッドを共有するはめになり、私:遥=1:4くらいの
比率だったため、ほとんど眠れず。それでも料金に含まれている朝食は、意地汚く食べに行く。友人と
お別れをし、9時半にホテルを出発、ナクル湖へ向かう。

街中を抜けると、山、平原、木々・・・といった全く田舎の風景になる。途中、幹が黄緑色の木をたく
さん見たのだが、とてもきれいだった。初めて見たけど、あれはいったい何という木なのだろう。

それにしても、ものすごいスピードで走っていても点々としか家が見あたらないのに、けっこう人が道
を歩いている。どこからどこまで何をしに行くのか、とても不思議だった。

昼前に、レイクナクルロッジに到着。案内された64号室は、どうも裏手のサーハ゛ント小屋から続い
ている部屋で、あまり客室という感じがしない。とにかく荷物を置いて、ロッジ内を散策。ロッジの全
貌がわかると、愕然とする。
なんと、やっぱり私たちの部屋は他の部屋の裏手にあたり、すてきなお庭も一望もできず、部屋のつく
りも全然違う。レセプションに行って見取り図を見てみると、「ドライバーとサーハ゛ントの部屋」と
いう表示が・・・。係の人を連れてきて聞くと、他の部屋と同金額だと言う。ここで私たちはブチ切れ
た。さんざん文句を言って、怒りも露わなままランチへ。気のせいか、全然おいしくない。

部屋にいるのもくやしいので、ずっとカフェなどで過ごし、夕方のサファリへ。
ナクル湖の方へ向かって行く形で車は進む。湖畔に着くまでに、ヒヒ、キリン、インハ゜ラ、バッファ
ロー、ガゼル、ホロホロ鳥、いのしし、ウォーターハ゛ックを次々に見る。

湖畔では、フラミンゴの群がいてピンク色がとてもきれいだった。喜びのあまり、群に向かって走り出
した遥に驚いた鳥たちは、あっというまに飛びさってしまい、大笑い。その後見たペリカンは、「日通
のペリカン便」の絵と同じだった。
ペリカンの群の向こうには、時々水から顔を出すカバも見えた。
そして、なんといっても今日の大収穫は、白サイが4頭でいるところを2,3mの近距離から見られた
ことだった。本当にすばらしかった。
ダチョウやシマウマなど見ながらロッジに戻ると、夕飯までの1時間をまたもや部屋以外の場所で過ご
す。カフェでお茶を飲んでいると、ロッジの係員がやってくる。どうやら普通の部屋が空いたらしい。
移ってみると、いかに前がひどかったか改めて認識。せっかくいい部屋に移ったが、もうあとは寝るだ
け、というのが残念だった。

12/27、前の晩、遥の異常な夜泣きのため極度の寝不足に陥っていた私たちは、朝食すら食べに行
けずに眠りこける。
9時にロッジを出発し、ナイバシャ湖へ向かう。いいかげん朝も遅いため、動物はほとんど見られない。
ナイバシャ湖で泊まったナイバシャ・カントリークラブは、広々とした庭をどの部屋からも眺められる
すてきなところだった。しかも、バスタブ付き。
ランチは庭のテーブルで食べるようになっており、天気もよかったので大満足。
庭には、鳥がたくさんいて、遥も追いかけ回して大喜び。
ランチ後、ボートサファリをしようとしたら、私たちだけでは少人数なのでできないと断られる。そう
なると、何もすることがないので、今日は休息日にする。
昼から遥とお風呂を楽しみ、昼寝し、アフタヌーンティに行き、また夕寝。ディナーは、コースになっ
ていてなかなかおいしかった。食後のコーヒーはレストランの隣にある、大リビングのような部屋でセ
ルフサービス。
暖炉には火があり、ゆったりしたソファでコーヒータイム。遥はとにかく、クリスマスツリーから離れ
ず、1つ1つの飾りを触って楽しんでいた。
今日は、食べているか寝ているか・・・だったなぁ。

12/28、昨晩は久々にゆっくり眠る。すがすがしい気分で朝食へ。ここは、パンがとってもおいし
い。遥は、スイカとライムジュースが気に入ったようだった。10時に出発し、ナイロビへ向かう。途
中、大地溝帯を眺めるところがあったがとても広大だった。これがエチオピアまで続いているのか・・・
と思う。
ランチは、ナイロビの日本人倶楽部で。ここの和食は、とてもおいしい。何ヶ月ぶりかのにぎり寿司を
堪能。う〜、やっぱりお刺身は最高だー。
2時に出発し、ウィルソン空港へ。とても明るくていい感じの空港である。
3時過ぎ、14人乗りくらいのプロペラ機でマサイマラへ出発。約10分後、ひどい揺れのために、私
はすっかり酔っていたのだった・・・。
4時前にマサイマラに到着。機を降りるとき、危うく吐くところだったがなんとか持ちこたえる。キリ
ン、ガゼル、シマウマなど見ながら、マラ・シンバ・ロッジへ到着。ここは、2,3年前にできたばか
りらしく、完成したのはつい最近らしい。とてもきれい。ポーターのお兄さんはマサイの格好をしている。
部屋もシャワールームもとても清潔。ベッドはシングルが3つ、離れて並んでいたので、今夜は3人別々
に寝ることに決定。遥、初めての試みである。
ディナーとバーはテラス風になっていて、すぐ横を川が流れている。その日は、ディナーの前に、その
川をカバが横切っていくのを見ることができた。
大きなお尻がとても印象的だった。
その晩は、次の日の早朝サファリに備えて3人ともさっさと寝る。

12/29、朝6時起床。初めての独り寝もなんとかこなした遥は、割に機嫌良く起きてくれる。6時
半、ロッジ出発でゲームドライブへ。ドライバーはジョフリーさんというにこやかな人。同行者はスイ
ス人夫婦と、フランス人一家。
はじめのうちは、きりん、インハ゜ラ、イランツ(鹿のようなもの)、トッヒ゜ー(これまた鹿みたい
なもの)、ク゛ヌース(又の名をwild beast)の群などを見る。その後、前足に血の付いたライオンの
めすが歩いているのを発見し、近くでハンティンク゛があったらしいことを知る。約5分後、血だらけ
になって見る影もないク゛ヌースにむしゃぶりついているライオンのめすと子供2頭、そしてその横で
疲れ切って寝ているオスを発見した。すごい情景だった。
あとは、ゾウの集団が草をむさぼり食べているところや、トムソンカ゛セ゛ルの集団、シマウマ、キリ
ンなどをみながらロッジに戻る。
朝食を食べて少し休憩し、10時からマサイの村を見学に行った。村が近づくにつれてマサイ独特の衣
装を着た人々が点々と現れるようになる。牛の番をしていたり、水くみの途中だったり、子供が集まっ
て遊んでいたり、様々だった。
大人はあまり愛想がないが、子供は笑いかけてくれて手を振ったりしてくれる。
マサイの村はあちこちに集団を作っており、その一つを訪問した。草や木の枝で作った垣根の中に、牛
の糞でできた家がぐるりと10こくらい丸まって建っている。ところどころに、窓のように直径15cm
ほどの穴があけてある。ドアに鍵がついていたのには驚いた。家の中は、真っ暗といっていいくらいに
暗くて狭い。
炭で火がずっとおこしてあり、その前には薪が積んであった。とても暑い。
その隣の部屋は、薪を敷き詰めた上に牛の皮をべろんとしいたベッドがあった。
外に出ると、マサイの人たちが歌を歌ってくれた。その後方には、枝で囲いをした一角があり、マサイ
の手作り品の数々を売っていた。ほとんどが木を掘って作った動物やビーズジュエリー。法外な値段を
ふっかけてくるので、こちらも負けじと破格値を主張し、値段の交渉をしながら買い物をする。
なかなか楽しいひとときだった。
ロッジに戻ると、ランチを食べてから夕方まで昼寝。やはり疲れるのか、昼寝せずにはすごせないくら
い眠くなる。4時から、再びゲームドライブ。
今回は、ライオン三昧だった。最初がオス2頭昼寝中、次に、若いオス3頭のお昼寝中。そこへメス1
頭が近づいてきてそばの川で水を飲み始めた。舌を使って少しずつ飲むので、とっても長時間飲むらし
い。最後が、またもやメスの昼寝。
これはもう、ひっくり返ってお腹まで見せて寝ていた。まさに百獣の王。
他には、セクレタリーハ゛ート゛、シマウマの大群、ク゛ヌース、ガゼル、イランツ、ゾウの集団を見
た。南ケニアのシマウマは、シマが太くてお腹にもシマがあるというのが特徴だそうだ。北の方にいる
のは、シマが細く、お腹は真っ白だとか・・・。
ロッジに戻ると、夕食までは川を見ながら過ごす。今日はワニが魚を食べたりしているのが見えた。ワ
ニが餌にかみつく瞬間は、こわい。かまれたら痛そうだ。
ワシが大木に止まっている姿がとてもりりしかった。
明日の朝も早いので、夕食後はまたまたさっさと寝る。

12/30、朝6時起床。6時半、ゲームドライブへ出発。今朝は、どの車が行く方向とも違い、ぐん
ぐんと奥地へ進んでいく。シマウマなど、ほとんど無視。
しばらくして、ゾウの群に出会う。列をなして歩いており、真ん中へんにいる赤ちゃんゾウがとてもか
わいかった。あとは、ハイエナ、ハゲタカなどを見る。
次に、ライオンのオス3頭が座っているのを発見。みんな昨日のライオン三昧で、ライオンは飽きてき
ていたので、割とすぐに立ち去る。
しばらくすると、ドライバーさんがしきりに望遠鏡をのぞき始め、「サイがいる」とのこと。一同、大
興奮してそちらへ向かう。まわりには他の車が1台もいなくて、私たちだけの独占状態。黒サイのオス
らしい。茂みを歩きながら、時折おしっこをかけ、自分のなわばりをつくっていた。角がとても立派で、
悠然と歩いていく。歩くスピードは体の大きさの割に速い。草原の方へ出ていった頃、私たちのドライ
バーさんから無線連絡を受けた他の車が次々とやってきた。
大満足して朝食に帰る。
昼のサファリは、動物も寝ていてほとんど見られないため、取りやめにする。
ランチも食べて部屋でくつろいでいるうちに、また3人揃って昼寝してしまう。
起きたら、3時半。バーのところでくつろいでから、夕方のサファリへ。
今度は、チーターを見つけよう!と一同、はりきる。ところが、今日の夕方は、どんよりと雨雲らしき
ものが発生し、遠くの山では降ってもいるようで、チーターどころか動物自体がほとんど見あたらなか
った。シマウマ、トッヒ゜ー、イランツ、ガゼル、ゾウ、ライオンのメスなどを見て、みんながあきら
め始めた頃、丘の向こうに車が集まっているのが見えた。行ってみると、茂みの奥深くにチーターが寝
ているのがちらっと見えた。でも、遠すぎてほんの少し、斑点が見えるだけ。
明日に期待して、ロッジに戻る。川べりで、ハゲタカとハイエナとマングースを見る。7時半より夕食。
8時半からダンスがあるというので待っていたら、ウェイター、ウェイトレス、コックが列をなして歌
いながらやってきた。私たちのテーブルも通り過ぎ、2つ隣のテーブルで止まった。先頭の人がハ゛ー
ステ゛ーケーキを持っており、そのテーブルの男性の誕生日をお祝いしてみんなで歌ってあげていた。
あーあ、1日遅かったら私もやってもらえたのになー、とちょっと残念。

12/31、31歳のハ゛ーステ゛ーの朝も、6時半からゲームドライブへ。
今日こそチーターを見たい!というみんなの意気込みはすごい。
最初のうちは、ゾウ、シマウマ、トッヒ゜ー、ク゛ヌース、ガゼルなどしか見られない。
もうダメかと思ったとき、遠方に車が2,3台かたまっているのを見つける。そちらから戻ってきた車
や無線などの情報で、そこにチーターがいることを知る。
一挙にそこまで突っ走る。また茂みの奥にでもいるのかと思っていたら、草っぱらの上で寝そべってお
り、ほんの2mくらいの近距離から見ることができた。
時折、頭を上げたり体の向きを変えたりするので、全体がとてもよく観察できた。
みんな大満足で、帰途につく。途中でイノシシとダチョウを見た。
ちょっと帰りが遅くなったので、あわてて荷物をまとめてから朝食へ。さぁ、いよいよまた、あのプロ
ペラ機だ・・・。胃に負担をかけないように、朝食はスイカとメロンだけにする。チェックアウトし、
10時半頃、飛行機発着場に到着。
休憩所みたいな小屋があり、そこで待つことにする。少しすると、友人一家が到着。彼らも同じ便でナ
イロビへ帰るらしい。1時間ほど遅れて、行きとは大違いに大きい40人乗りくらいのプロペラ機が到
着。これなら酔わないだろう、とほっとする。実際、それは快適で、揺れも少なく、35分ほどでナイ
ロビへ到着した。
ウィルソン空港では、これからラム島へ向かうという、エチオピアで仲良くしている一家と偶然出会う。
その後、みんなと別れてナイロビ市内でランチ。
大晦日だけあって、日本食レストランはどこも開いていなかった。
また空港へ戻り、3時過ぎにモンバサへ出発。これも大きなプロペラ機だったので楽勝だった。しかも、
飲み物とクッキーのサービスまであった。上空から見るケニアは、広大な草原と赤土だった。
1時間ちょっとでモンバサへ到着。湿気がすごくて、とても暑い。ホテルは、ホワイトサンズといって、
大きなリゾートホテルだった。30分ほどプールで泳ぎ、着替えてからホテル内を散策。レストランで、
ちょうど子供用のブッフェが始まっており、子供のみ、飲み食いが無料らしい。遥もソーセージやチョ
コレートト゛リンクで腹ごしらえ。今日は年越しのハ゜ーティがあるということで、ディナーは海辺に
作られた特設会場で食べることになるらしい。
7時半より、プールサイドで軽食とドリンク。バンド演奏などもあった。
8時より、海辺の方へ移ってディナー。席が決められていたのだが、私たちのテーブルはラッキーなこ
とに、ブッフェの真ん前。混まないうちにと、さっさと食べ物を取りに行き、あっというまに食事が終
わる。食事中、踊りながら回っている人たちを見たりして楽しむ。年越しまでまだまだ時間があるので、
一旦部屋に戻ってカウントダウン直前にもう一度来ることにした。
11時半頃、再び会場へ。どんどん盛り上がりだしていて、白人達は踊っているし、花火は上がるし大
騒ぎ。あと数分、というときに灯りが消され、カウントダウンで1999年を迎えた。白人達はキスし
まくっていた。

1/1、昨晩は一晩中、騒いでいた人たちもたくさんいたようで、静かな朝を迎える。朝食も空いてい
た。午前中は、ずっとプール。ホテルには5つくらいプールがあり、ほぼ全てを制覇した。ランチは、
プールサイドにあるシーフードレストランで食べる。海が見渡せる席で、Today's Special を注文。1
人1500 シルで、エビ、魚のグリル、ロブスター、サラタ゛、フライト゛ホ゜テトがついてきた。味付
けが濃い気もしたがおいしかった。ただ、食後に注文したパフェは、写真とはかなり違っていて、とけ
たアイスなどがやってきた。
ランチ後、部屋でついつい昼寝してしまう。起きたら夕方。
海辺でティーとクッキーのサービスがあり、それを食べながらマサイのダンスを見る。その後、またプ
ールで泳いでから子供用ブッフェへ。
今日は、マカロニとニンシ゛ンのクリームソース煮があり、遥も大喜びだった。
ディナーを食べ、久々のバスタブでお風呂に入ってからぐっすり寝る。

1/2、朝食後、昼までプール。遅いランチを食べてからチェックアウトして空港へ。途中、ホテルの
車が他の車と接触し話し合いになってしまう。が、すぐにホテルの別の車がやってきて、私たちは無事、
空港へ到着。
ほっとしたのもつかの間、私たちが乗るはずの17時の飛行機は、オーハ゛ーフ゛ッキンク゛のため満
席。どうなることかと思ったら、係員のまちがいで17:15のプロペラ機を発券してもらえたので、
そ知らぬ顔で搭乗。
正月明けのモンバサーナイロビ間の飛行機は、毎年オーハ゛ーフ゛ッキンク゛の問題があるらしい。も
っと早くに空港へ行けば良かった。
ナイロビのホテルに着いたのは、午後7時半頃だった。
ディナーは、ナイロビで一番おいしいというインド料理店に行く。実際、とてもおいしかった。

1/3、昨晩はホテルのプールで深夜に大騒ぎしていた人々の声や、自分の体調の悪さ(食べ過ぎが原
因か?!)で、全然眠れなかった。
朝、微熱があることがわかり、歩くのもだるい。空港で飛行機への搭乗を待っている間も、とてもつら
かった。
帰りは、エチオピア航空でアジスまで。エチオピア航空でビジネス席に乗るのは初めてだったのだが、
楽しむ余裕などなく、ほとんど寝ていた。
一度、トイレに立ったらトイレの中で貧血さえおこしてしまった。
やっぱり、後から思うにこれは食べ過ぎだったんだろうなぁ。
本当に、よく食べた!
帰りは体調が悪くて大変だったが、とても楽しい旅行だった。
この旅行での教訓は、「ブッフェだからって、バカほど食べないこと!」かな。

 

 

 

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