●中に観る●


 夏目漱石の作品に「夢十夜」(明治41年)があります。第六夜は仁王を刻む運慶の話です。

 あらましはこんなところ。
 「運慶が仁王を刻んでいる。よくああむぞうさに鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな、と自分はあんまり感心したからひとり言のように言った。すると若い男が、
 「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あのとおりの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決してまちがうはずはない」と言った。
 自分も仁王を彫ってみたくなったから彫り始めてみたが、どれもこれも仁王をかくしているのはなかった。」
 とまあ、こんな内容の夢です。

 最近の若者はとか、人を馬鹿にする人間は大したものではありません。非行少年を蔑む人間も大したことはありません。糸賀一雄先生は、知的障害児に光を観ました(この子らを世の光に)。
 どんな相手にでも美しい人間性や素晴らしい能力を中に観ることができてこそ、人間相手の仕事に従事していると言えるのでしょう。
 一片の木片に仁王を観得る人間は仁王を彫刻できるのです。


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