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「ワールドマスター」の世界を少しでも分かっていただけたらと思って、小説にしてみました。


「ワールド マスター 1.1 『新たな日常』」

 

         1,

 

 一郎、フィビー、チェリーの三人は、マルカム王国の城下町を離れ、東へと向かっていた。

 マルカム王国は、国の中心を城壁で囲っていた。一辺百キロ四方の巨大な城壁である。

 その東側の城門を過ぎて、一日歩いた。

 少し海の匂いがした。

「わたし、海って嫌い」

 チェリーがつぶやくように言った。

 先頭を歩いていた一郎はそれに応えた。

「どうしてだい?」

「だって、生臭いんだもん」

「あら、チェリー、お魚が嫌いなんですの?」

 真ん中を歩いていたフィビーが聞いた。

「魚は嫌いじゃないけど、いろいろと臭いが混じると、イヤなの」

 Y字に道が分かれたところで、一郎は立ち止まって地図を広げた。

「じゃ、少し遠回りになるけど、山の町に行こうか」

 チェリーが少し慌てた声を出した。

「そんな、いいわよ。次の町に着くのに夜になっちゃう」

「でも、嫌いなんでしょう?」

「ちょっとイヤな思い出があるだけよ」

「イヤな思い出って?」

「べつに、いいでしょう」

「えーっ、教えてくれないんですか」

 一郎が振り返った。

「フィビー、一休みしよう」

「はい」

 フィビーは少しどきっとしたように、立ち止まった。

 一郎は少し笑顔を浮かべると、チェリーに視線を送った。

「チェリー、水を探してきてくれないか」

 一瞬、きょとんとした表情でチェリーは反応した。

「はい」

 チェリーは背負ったバッグから水袋を取り出すと、バッグをフィビーに渡した。

 不思議そうな視線を残して、チェリーは、河原に降りていった。

 フィビーの頭を一郎が軽く撫でた。

「イチ・ロー様?」

 フィビーの目には一瞬一郎が怒っているように見えた。

 それは瞬きの間にいつもの笑顔に変わっていた。

「誰にだって、知られたくないことはあるものさ」

 一郎の手の温もりが怒っているわけではないと、フィビーに告げていた。

 それが、かえってフィビーの反省の気持ちを強くした。

「すみませんでした。以後、気を付けます」

 フィビーは深く頭を下げた。

「分かってくれれば、いい」

 一郎は木陰に腰を下ろした。

 

         ○

 

 河原に降りたチェリーは、水をくもうと腰をかがめた。

 流れる水面に自分の影が映った。

〔どうして、水なんか。まさか、フィビーと二人きりになりたかったとか〕

 チェリーはすぐさま首を振って否定した。

 直前の一郎の笑顔が忘れられなかった。

〔あの笑顔は、わたしだけに向けられていた。まるで、わたしを安心させるように〕

 チェリーは水袋の栓を開け、袋をゆっくりと水面の下に沈めていった。水袋の口から空気の泡が飛びだした。

〔わたしに気を使ってくれたんだ。イチ・ローらしい〕

 そう思うと、チェリーの心の中が軽くなった。

 少し、チェリーはフィビーのことが心配になった。

〔イチ・ローに怒られているんじゃ。イチ・ローのことだからそんなにきついことは言わないと思うけど〕

 チェリーは一杯になった水袋を引き上げ、もと来た道を引き返した。

 

         2,

 

 フィビーは一郎の横に腰を下ろした。

「イチ・ロー様も、わたしたちに隠していることがおありなんですの?」

 フィビーは少し緊張した面もちだった。

 一郎は笑顔を見せて言った。

「もちろん、あるよ」

 そのあっさりとした言いようにフィビーは少しどういう表情をしていいか分からなかった。

「自分だけの胸にしまっておきたいことや、伝えるのは後に延ばしたほうが君たちが喜ぶことがあるからね」

 それを聞いてフィビーはほっとした。

 フィビーは一郎のTシャツの袖を引っ張った。

「『わたしたちが喜ぶこと』って、何ですか?」

「後に延ばしたほうがいい、って言っただろ?」

「分かりました。じゃ、待ちます」

 袖をつかんでいた手がゆっくり離れた。

 ふっとフィビーが短く息を吐いた。

「疲れたかい。朝から歩き通しだからな」

「平気です。砂漠を越えることに比べたら、楽な道じゃないですか」

 一郎はフィビーと砂漠を越えて旅をしたことを思い出して、懐かしくなった。

「いや、ため息みたいに聞こえたから」

「夢だったんです。旅をするのが」

〔イチ・ロー様と〕という言葉が「旅」という単語を修飾するはずだった。それが伏せられたのは、さっきの一郎の言葉に触発されたからだった。

「これからずっと長い旅が続くんですよね」

「なんだか、うれしそうだね。この先どんな危険が待ってるかもしれないのに」

「イチ・ロー様とチェリーがいれば、大丈夫ですわ」

 そのときだった。静寂を破って、女性の悲鳴が聞こえた。

 一郎は素早く反応して立ち上がった。

〔チェリーか。いや、方角が違う〕

 それでも、一郎は大声を出した。

「チェリー!」

 すぐ近くから声が返ってきた。

「はい!」

 チェリーはちょうど河原から駈け上ってくるところだった。

「来い!」

 一郎は手でチェリーに合図をした。

 チェリーは水袋をフィビーのほうに放り投げると、一郎の後に続いて駆け出した。

 あっという間に二人は悲鳴の上がったほうに駆け出していた。

 フィビーに声をかける暇はなかった。置いて行かれないように水袋を持って付いていくのが精一杯だった。

「うおーっ」

 今度は男の悲鳴が、はっきりと聞こえた。

 

         3,

 

 少し先に進んだところで、道が川と交わっていた。橋は架かっていなかったが、川自体もそれほど深く流れの速いものではなかった。

 悲鳴の元にたどり着いた一郎は思わず足を止めた。足がすくんだと言ってもいい。

 数頭の灰色熊が四人の親子連れに襲いかかっているところだった。この世界の熊は一郎がいた世界の熊と違い、大型のハイエナを思わせるように、群で行動し獲物を襲っていた。

〔人間ならともかく、野生動物はまずいよ〕

 しかも、どの灰色熊も身長は二メートル以上ありそうだった。

〔人間なら説得できるかもしれないが、野生動物は言うこと聞かないよな〕

 両親はすでに熊に襲われ、血を流して倒れていた。母親のほうは、流れた血が川に流れ込んでいた。

 子供二人が震えながら木の陰で抱き合っていた。子供の周囲はすっかり熊の囲まれていた。

 熊は残った二人の子供に襲いかかろうとしていた。

〔迷っている暇はないか〕

 一郎は左手の指輪の上に手をかざした。

 光とともに一郎の右手に、チャレンジャーの剣が現れた。

〔しかし、動物なら、遠慮なくやれる〕

 生まれたばかりのような輝く刀身以外は、普通の剣のように見えるが、一郎にしか使えない特殊な剣だった。

「剣よ。伸びろ」

 一郎が思っていたことを口に出すと、その通り剣が伸びた。

 剣は襲われている親子を回り込むようにカーブを描きながら、灰色熊たちを次々と突き刺していった。

 熊は予期せぬ激痛に甲高く吼えた。

「イチ・ロー」

 駆け寄ったチェリーに、一郎は指示を出した。

「チェリー、子供たちを頼む」

「わかったわ」

 チェリーは勇躍、河原へ飛び出した。

 続いて一郎も河原に飛び出した。右足が川の水面を叩いて水しぶきをあげた。

「さあ、来い。熊野郎」

 一郎は剣を元の長さに戻した。

 剣が引き抜かれて、五、六頭の熊が倒れた。

 残った熊の三頭が、剣を構える一郎に気付くと、低く吼え、一斉に襲いかかった。

 その隙に、チェリーは二人の子供を安全な場所に誘導した。子供といっても一人はチェリーと同い年くらいの女の子だった。もう一人は五、六才の小さな男の子だった。

 再びチャレンジャーの剣が伸びて、向かってくる熊を横から串刺しにした。

 断末魔の悲鳴を上げて、熊の動きが止まり、そして、倒れた。

 しかし、一郎に息を付く暇はなかった。一郎の背後から別の熊が現れた。

「ちっ」

 軽く舌打ちして、一郎は剣を元の長さに戻した。そして、背後の熊に向き直ろうとしたときだった。先ほど串刺しにしたはずの熊が、一頭起きあがって一郎に向かってきた。

〔まずい〕

 一郎が迷っている間にも、前後から熊は迫っていた。

 やっと追いついたフィビーは、その光景を見て悲鳴を上げた。

「イチ・ロー様!」

 その悲鳴にチェリーが反応した。

 チェリーは振り返ると奥義の構えをとった。

「奥義!」

 それよりも早く、二頭の熊は一郎をサンドイッチにした。

「点破撃!」

 チェリーは両手を突き出した。

 チェリーの両手から練られた『気』が空気を切り裂いて迸った。

 チェリーの気が一郎の背後の熊を吹き飛ばした。

 熊は胸から血を吹き出して倒れた。

 見ると、一郎の背後に伸びたチャレンジャーの剣が熊の血に染まっていた。

 それを見て、チェリーは一瞬、「しまった」と後悔した。

〔やるなら前の熊だった〕

 やや間があって、一郎の足が動いた。

 一郎の足は、目の前の熊の腹を蹴りつけた。

 熊はゆっくりと後ろ向きに倒れた。しかも、胸から血を吹き出していた。

〔え、どういうこと〕

「ありがとう、チェリー。助かったよ」

 そう言いながら一郎は振り返った。チャレンジャーの剣は鍔の所から二つに別れていた。

 チェリーはすべてを了解した。チャレンジャーの剣が二つに分かれて前後の敵を攻撃するという新しい使い方を一郎は取得したのだ。

 振り返った一郎の顔と服が熊の返り血を浴びていた。

「イチ・ロー様」

 フィビーは着物が濡れるのもかまわず、川の中に足を踏み入れた。

 一郎は駆け寄ってくるフィビーに笑顔を見せた。

「イチ・ロー様、お怪我はありませんか」

「大丈夫だよ。それより、親子の手当をしてあげてくれ」

「はい、分かりました」

 フィビーはほっとため息を付いて、倒れている男女の側に駆け寄った。

〔よかった。まだ、どちらも息がある〕

 重傷ではあるが、フィビーの神聖魔法で何とか治せそうだった。

 フィビーは呪文を唱えた。

「エ・スィー」

 フィビーが掌をかざすと、たちまち二人の傷はふさがり、血色がよくなった。

 

         4,

 

「ありがとうございます」

「おかげで助かりました」

 両親は、一郎の前で平身低頭、地面を額で磨くように頭を下げ続けた。

 フィビーは、小さな男の子の頭を撫でていた。男の子はフィビーにすっかり気を許して、笑顔を見せている。

 チェリーは、助けた女の子と話し合っていた。

「あなたたち、いったい何者なの」

「助けられた割には、結構、強気ね」

 チェリーが余裕の笑顔を作ると、女の子は少し恥じたように顔を赤らめた。

「ごめんなさい。助けて下さってありがとうございました。これでいいんでしょう」

 チェリーは少しカチンときたが、自制した。

〔ここは大人の余裕を見せてやらないと〕

 それはチャレンジャーズとなったチェリーの自覚の現れだった。

「まあ、いいわ。わたしたちは、ただの通りすがりの旅の者よ」

「ただの旅人が、神聖魔法を使えたり、自由に伸びる剣を持っていたり、変な拳法を使えたりするの」

〔『変な』は、余計よ〕

 チェリーは思っていた言葉を飲み込んだ。目の前の女の子は、熊よりもそれを倒した一郎たちのほうが怖くなっているようだった。

 チェリーは女の子のぴりぴりした空気を感じた。チェリーたちに不審の眼差しを向けていた。

 チェリーは女の子を納得させる言葉を思いついた。

「じゃあ、あなただけに教えてあげる」

 チェリーは声のトーンを落とした。

 すると女の子は、緊張を解いて耳を傾け始めた。

「あそこにいるのが、マルカム王国の第一王女のフィビー様で、王妃様譲りで神聖魔法が使えるの。あたしとあの男はその護衛役よ。わかった?」

 一郎から、チャレンジャーであることは極力隠しておきたいと言われていて、チェリーが思いついたウソだった。

 女の子はにわかには信じられないといった風だった。しかし、神聖魔法の使い手がそうそうこの国にいるはずもないので、半信半疑ながら、頷いた。

 一郎たちは親子連れの一行に別れを告げ、クルウアの港町に入った。

 

         5,

 

 クルウアの港町は、マルカム王国一の港町だった。

 夕刻、町に着いた一郎たちは宿を探すのに苦労した。

 丁度、遠洋漁業から帰ってきた漁師たちが多数滞在していたため、四件目の宿屋でやっと空いている部屋を一部屋見つけた。

「一部屋、ですか」

 一郎は宿屋の主人に、そう聞き返した。

「お客さん、早く決めないと、もう部屋が無くなりますぜ」

 宿屋の主人は少し意地悪そうに、笑みを浮かべていた。振り返ると部屋を探して知るらしい漁師たちが入ってきた。

〔出来れば二部屋欲しかったんだが。しかし、野宿するわけにもいかないし〕

 一郎が考え込んでいる横で、チェリーが宿屋の主人と話し始めた。

「で、三人一緒に泊まっても問題ないの?」

 一郎が少し驚いた顔でチェリーのほうを見た。

「そりゃあ、三人分の宿代さえいただければ、ねえ。ただ、ベッドは二つしかないんで、並べて寝ていただくしかないですね」

 宿屋の主人は、揉み手で歓迎しているようだった。ただ、一郎たちが三人連れという点で少し気になっているようだった。

「あと、夜はお静かに願いますよ」

 主人は意味深に笑顔を作った。

「じゃ、お願いするわ」

 チェリーは、三人分の宿代を銀貨で払った。

「チェリー」

 一郎は勝手に話を進めたチェリーに少し抗議をしたかった。

「なによ。それとも、野宿するつもりだったの?」

 一郎は何も言えなかった。

 チェリーは笑顔を作ると、フィビーを振り返った。

「今日はここに泊まるわよ。いい? 三人一緒だけど」

 フィビーも笑顔で応えた。

「大歓迎ですわ」

 一郎は主人から部屋の鍵を渡された。

〔仕方ないか〕

 一郎は覚悟を決めて、荷物を持つと宿屋の二階に上がった。

 鍵を開けて入った部屋は、ベッドの他に簡単なテーブルと椅子が二つあった。あと、壁にはいくつかの服や荷物を掛けるフックがあった。

 当たり前のことだが、毛布やシーツも二組しかなかった。

 三人は荷物を部屋で下ろすと、食事のために宿屋を出た。

 ちょうど宿屋の隣に食堂があった。

 食堂は夕食時ということもあって、人で一杯だった。食事をしているのはどの顔も日に焼けた漁師か船乗りという雰囲気だった。

 ウェイターは相席しかないと告げた。

 一郎たちが案内された席は、四人掛けの丸テーブルで、初老の漁師らしい男がスープをすすっていた。

 ウェイターは初老の漁師に相席を告げた。

 漁師は一郎たちをちらっと眺めて短く「いいよ」と言った。

「失礼します」

「おじゃまします」

「失礼いたします」

 一郎たちがそう挨拶して席に着くと、初老の漁師は不思議な顔をして一郎たちを見つめた。しかも、漁師の両側にはフィビーとチェリーが座っており、向かい側に一郎が座っていた。

 漁師には一郎たちがどうしても家族には見えなかった。そして、会話もどことなく妙だった。

「イチ・ロー様、明日はまだ東に向かいますの」

「ああ。ここじゃないようだ」

「じゃあ、船には乗らないのね」

「そうだね。ここから東はどうなってるんだろう」

「タロバだったか、タラバだったか、そんな名前の村があったはずよ」

 フィビーが老人に話しかけた。

「ねえ、おじさま、ここから東はどうなっているかご存じですか」

 

         6,

 

 漁師はフィビーに話しかけられて驚いた。

 一目で上流階級とわかる物腰と、女神のような美貌に、漁師はフィビーに近づきがたいものを感じていた。

〔女神様が、話しかけて下さった〕

 一種の畏敬の念と感動を味わいながら、漁師は呆然とした。

 漁師のスプーンの動きが止まった。

 それを見て、チェリーがフィビーに言った。

「だめじゃない。いきなり話しかけちゃ。物事には順序というものがあるのよ」

 一郎は合図をしてウェイターを呼んだ。

「定食を三つと、あとこちらの方にお酒を」

 一郎は漁師の方を指しながら言った。

 ウェイターは「かしこまりました」と返事をして厨房に向かった。

 漁師は低くつぶやくように言った。

「おれぇは、見ず知らずの小僧に酒をおごってもらういわれはねえぜ」

「いえ、彼女が今言ったように、教えていただきたいんですよ」

「なにを」

「ここから陸に沿って東に行くと何があるか。簡単で、いいんです」

 そのとき、ウェイターが酒の入った瓶と木製のコップを持ってきた。ウェイターはコップを男の側に置き、酒の入った瓶はテーブルの真ん中に置いた。

 一郎が瓶に手を伸ばそうとした。だが、一郎より先に瓶を手にしたのはチェリーだった。

 チェリーは笑顔で言った。

「いい。あたしがやるわ」

 チェリーは漁師に愛想笑いを作った。

「おじさん、お近づきに一杯、いかが?」

 漁師は、チェリーに釣られて白い歯をのぞかせた。

「ああ、ありがとぅお」

 漁師の言葉には、なにかなまりがあるようだった。

 漁師がコップを手に持つと、チェリーは瓶を傾けた。注ぎ込まれたのは、梅酒に似た強い酒だった。

 漁師は注ぎ込まれた酒を見つめてうっとりとしていた。しばらく眺めてから、漁師は一気に酒を飲み干した。

 漁師はため息を吐くと、一郎に向かって言った。

「ここから東に行くと、タルバって村がある。小さな村だがな。その次はチンビていう港町だが、ここよりはずっと小さいし、大きな船がくることもない。その次はツクルっていう村だが、小さな漁師の村だよ。問題はその次だな」

「問題とは」

 一郎が身を乗り出すと、漁師は身を引いた。そして、空のコップと投げ出すようにテーブルの上に置いた。

 漁師は視線をコップに注いだ。一郎は漁師の意を察して、瓶を手に持とうとした。即座に漁師は首を横に振った。

「できればぅ、こっちのお姉ちゃんに注いでもらいたいんじゃが、いいかい?」

 漁師はフィビーの方を見て言った。

 漁師とフィビーの目が合った。

 フィビーが戸惑ったような視線を一郎に投げかけた。

 一郎は軽く頷いてフィビーに合図を送った。

 フィビーは頷きかえすと、漁師にややぎこちない笑顔を向けた。

「では、おじさま、一杯どうぞ」

 フィビーは瓶を持つと傾けた。

 漁師はとろけそうな笑顔を見せた。まさに至福の表情だった。

 漁師は手にコップを持った。しかし、その視線はフィビーの顔を捉えて離さなかった。

 そのとき、漁師の背後に別の漁師が数人立った。

「よう、フィンチ。両手に花とは豪勢だな」

 一人の漁師が話しかけた。

 一郎たちと同じテーブルに着いている、フィンチと呼ばれた漁師は苦々しく振り返った。

「人がいい気持ちで酒を飲んでるんだぅ。邪魔しないでくれ」

「そんなつれないこと言うなよ。一人こっちに回してくれるだけでいいから」

「んなこと、できるか。だいたい、二人ともこちらのお兄さんの、連れなんだぜぃ」

 漁師たちの目は一郎に注がれた。

「ほう。こんな坊やが」

「二人の女連れとは、恐れ入った」

「さぞかし、いいモノをお持ちなんだろうぜ」

 漁師たちは下卑た笑い声を上げた。

 その笑い声にむっとなったのは、チェリーだった。そのチェリーの気持ちを察したのか、一郎がチェリーに言った。

「チェリー、そちらのみなさんの相手をしてあげてくれ。ただし、店の外で、静かに、やさしく、だぞ」

 チェリーは、意味深な笑みを浮かべて、席から立ち上がった。

「おじさまたち、あたしでよろしければ、お相手いたしますわ。ただし、店の外で、ね」

 チェリーはけれん味たっぷりにウィンクをして漁師たちと店を出た。

 フィビーは、チェリーが店を出るのを見送ってから、少し不安そうに一郎に話しかけた。

「よろしいんですか?」

「ああ。俺の剣じゃ、けが人が出ちゃうし、チェリーならああいった男のあしらい方を心得ているから、きっとうまくいくさ」

 一郎はフィンチに向かって言った。

「それより、さっきの続きなんですが」

 フィンチは思い出したように話を続けた。

「ああ。ツクルの次はアラウアなんだが、この町は海賊に狙われていて、危険なんだ。悪いことは言わん。アラウアから先は行かんほうがいい」

 そのとき、やや息を弾ませてチェリーが戻ってきた。特に服に乱れたところもなく、一郎は少し安心した。

「おまちどうさま」

 チェリーはそう言うと席に着いた。

「ご苦労様」

 一郎は優しく声をかけた。

「いいえ。それほどじゃなかったわ」

 フィンチは目を丸くして、チェリーを見つめた。

「あ、あ、あんたぅ。あの連中をどうしたんだ」

 チェリーはにっこりと笑って瓶を持つとフィンチのコップに向け、傾けた。

「だいじょうぶですわ。少しだけお話をして、帰っていただきました」

 チェリーは上品ぶった口調で話した。

「腕にモノを言わせて、か」

 一郎がつぶやくように言ったが、それはフィンチには聞こえなかった。

 だいたいの情報を得て、一郎たちは宿に戻った。

 

         7,

 

 部屋に戻るなり、フィビーとチェリーは荷物を広げ始めた。

 チェリーとフィビーは荷物を小分けして、別の小袋に入れると、部屋を出ようとした。

「え、どこへ行くんだい」

「決まってるじゃない。お風呂よ」

 チェリーはさらりと言ってのけた。

「イチ・ロー様、すみませんが、お留守番をお願いします」

 フィビーも、何気なく言い放った。

「ああ、いってらっしゃい」

 二人が出ていったあと、閉められたドアを見つめて、一郎はしばらくぼーっとしていた。

〔お風呂、ねえ〕

 一郎は二人の入浴シーンを想像しようとしたが、すぐに首を振った。

〔だめだ、こんな事じゃ〕

 一郎は椅子に腰を下ろして、ため息をついた。

〔あの二人がここにいるのは、あくまでも成り行きなんだから。どんなことがあっても、傷つけるわけにはいかない〕

 一郎は思考回路を切り替えた。

〔できればワールドマスターと戦わずに済ませたいところだが、やはり、問答無用で襲ってくるんだろうなあ〕

 一郎は、右手中指の指輪をじっくりと眺めた。

〔となると、やはり、あと五人の仲間と六つの宝石を集めないといけないのか〕

 一郎は椅子から立ち上がると、部屋の中をうろうろと歩き回った。

〔そうすると、俺も強くならないといけないなあ〕

 一郎は、ふと思いついて、床の上で腕立て伏せを始めた。続けて、腹筋の運動をした。

「イチ・ロー様、何をなさってるのですか?」

 フィビーが不思議そうに一郎を覗き込んでいた。

 いつの間にかフィビーとチェリーは戻ってきていた。風呂上がりの少し上気した顔と、濡れた髪が二人とも色っぽかった。

 一郎は慌てて飛び上がると、自分の袋をつかんで部屋を出た。

「風呂へ行って来る」

 一郎の声は自分で閉めた扉に遮られた。

 チェリーはおもむろにつぶやいた。

「何、恥ずかしがってんだろ?」

「さあ、わかりません」

「ちょっと気になるけど、まあ、いいか。一郎が戻るまでに着替えて、準備しましょう」

「はい」

 チェリーとフィビーは笑顔をかわすと、着替え始めた。

 一方、一郎は湯船につかりながら、まだ迷いを振り切れないでいた。

〔あの二人を、傷つけるわけにはいかない。俺が、守ってやらねば〕

 一郎は握り拳を作ってじっと見つめた。

 ふと周囲に目をやると、裸の男たちが目にはいる。男湯だから当たり前だが。

 どの男も日に焼けた逞しい身体をしていた。

〔俺って、ちょっと貧弱かなあ〕

 一郎の身体は、肉よりは骨の方が目立つ。鍛え方が今一歩足らないように思えた。一郎は少しため息をついた。

 

         8,

 

 部屋に戻った一郎はさらに深いため息をついた。

 部屋には女モノに着替えたフィビーとチェリーが一郎を待っていた。

 丁寧にベッドも二つぴたりとそろえて置いたあった。

「なに、ため息ついてるのよ」

 チェリーは明るく話しかけてきた。

「いや、ちょっと、湯でのぼせたみたいなんだ」

「じゃあ、さっそく、治療を」

 フィビーは一郎の手をとると、呪文を唱えようとした。

「いや、いいよ」

 一郎はフィビーの手をさするように優しく重ねた。

「そうですか」

 フィビーはそのまま、一郎の腕に自分の腕を絡めた。

 一郎はフィビーの笑顔をまぶしそうに見つめた。一郎には顔以外に視線を向けることができなかった。それ以外に視線を向けると薄い布越しにフィビーの肌が透けて見えるからだった。

 反対側に立ったチェリーも、笑顔で一郎の腕をつかんだ。

「さあ、寝ましょう」

 チェリーの「女モノ」はフィビーのほど薄くはないが、やはり微妙な身体の輪郭を浮かび上がらせていた。

 一郎は二人に挟まれて、導かれるようにベッドの真ん中に横になった。

 右側にはチェリーが、左側にはフィビーが、一郎を挟んだまま寝そべった。

 一郎が両手を伸ばすと、二人とも頭を少し浮かせた。一郎の腕が二人の頭の下にもぐったとき、二人の頭が一郎の腕の上に落ち着いた。

 その後、一郎の身体にぴたりと寄せてきた二人の身体は少し冷たかった。

「湯冷めしたんじゃないのか」

 一郎はフィビーの方に顔を向けた。

 息がかかるほどフィビーの顔が間近にあった。

「いえ。大丈夫です。それにイチ・ロー様の温もりがよく伝わってきますから」

 フィビーの口から少し白い歯がのぞいた。

 チェリーの方を見ると、チェリーから口を開いた。

「あたしも平気よ。それに、この方が気持ちいいし」

 チェリーは身体を横に向け、一郎に押しつけるように近づけた。

 チェリーの豊かな胸の膨らみが一郎の脇腹に感じられた。

 チェリーは少し上気した顔で一郎の肩に唇を押し当てた。

 風呂上がりに吹き出した一郎の汗が微かにチェリーの口の中に広がった。チェリーにとってはそれが透き通るような甘みを持っていた。

 一郎はチェリーのそうした所作が嫌いではなかった。だが、それが男の本能を呼び覚ましそうになると、一郎はチェリーをたしなめた。

「チェリー、もう寝るぞ」

「はーい」

 しかたなく、チェリーは身体を仰向けにして寝るしかなかった。

 姿勢を変えるとき、チェリーはちらりと視線をフィビーの方に送った。

 フィビーは仰向けになって身じろぎもしない。目も閉じて寝る体勢に入っていた。

〔しょうがないか〕

 チェリーはあきらめて目を閉じた。

〔でも、いつか、イチ・ローと、肌を重ねるときがくるのかしら〕

 チェリーは静かに息を吐いた。

 もう一度だけチェリーは一郎の横顔を見て目を閉じた。

〔でも、不思議。一ヶ月前までは、男なんかに頼らずに生きていこうと思っていた。今は、男に抱かれたいと思っている〕

 チェリーは頭の中で「男」という言葉をうち消した。

〔イチ・ローは、私が知ってるどんな男とも違う。だから、男に抱かれたいんじゃない。イチ・ローに抱かれたいのよ〕

 チェリーは次第にうとうとし始めた。

〔フィビーもそうなのかしら〕

 

         9,

 

 まだ夜明けまで時間があった。

 チェリーの胸の上に手が置かれた。

 チェリーはそれに気付いて、深い眠りの淵から意識を呼び起こした。

 チェリーの胸の上の手は、軽く埃を払うような仕草でチェリーの胸の上を動いた。

〔イチ・ロー?〕

 チェリーの心が動いた。

〔うれしい〕

 チェリーの胸に切なさとうれしさが同時に湧き起こった。

〔待ってたのよ、ずっと〕

 チェリーは顔を一郎の方に向けて目を開けた。

 チェリーは二回瞬いた。

 目の前にあるのは、どう見てもフィビーの顔だった。

〔そんな、ウソ!〕

 チェリーはシーツとフィビーの手をはねのけると、勢いよく起きあがった。

 一瞬チェリーは深い闇の入り口を覗いた気がした。

〔イチ・ローがいない〕

 ベッドの上のどこにも一郎はいなかった。 ついさっきまで一郎の腕の中で眠っていたような気がしていたのに。

 一郎がいなくなったことに気がつかないほど深く眠っていたのだろうか。

〔イチ・ローがいない〕

 一瞬泣き出しそうになったのをチェリーは自覚した。

 だが、それはすぐにチェリーの心の奥に引っ込んだ。

 ベッドのすぐ向こうで、床の上に横たわった一郎がいた。一郎は毛布にくるまって身体を少し縮めていた。

 チェリーは静かにベッドを降りると一郎の側でしゃがんで一郎の寝顔を覗き込んだ。

 チェリーは少しほっとした。それから、ほんの少し怒って一郎の鼻をつまんだ。

〔ったく、心配させないでよね〕

 一郎は苦しそうに口をぱくぱくと開いた。

 チェリーは少しいたずらっぽく笑って、一郎に耳打ちした。

「こんなところで寝てたら、風邪ひくわよ」

「いい」

 寝言なのか起きていたのかわからない返事が返ってきた。

「一緒に寝てもいい?」

「いい」

 どうとってよいかわからない返事だった。

 チェリーはためらわずに、毛布をめくって潜り込んだ。

 一郎の寝顔は間近にあった。微かな寝息がチェリーの頬にあたった。

 今度は、一郎の身体の方が少し冷えているように思えた。

「暖めてあげようか?」

 チェリーは小声でささやいた。

 そっと一郎の頬に触れてみると、確かに少し冷たくなっていた。

 そのとき、フィビーが悲鳴を上げた。

「きゃあ」

 その悲鳴を聞いて、一郎の身体が跳ね起きた。

 チェリーは思わず舌打ちをしてしまった。

 甘い雰囲気で一郎に寄り添おうとして、それを破られたことに。

〔ほんっとに、邪魔なんだから〕

 そう思い浮かんだ刹那、チェリーは首を振った。それこそ、一郎が一番嫌う考えだった。

 チェリーは思考回路を切り替え、一郎から二秒遅れて起きあがった。

「どうした」

「どうしたの?」

 一郎は起きあがってベッドの上を見た。

 少し涙ぐんだ目を、フィビーが一郎の方に向けた。

「ご、ごめんなさい」

 こぼれ掛けた涙を拭うように、恥ずかしさで染まった顔を隠すように、フィビーは両手を顔に当てた。

 一郎が静かに見守っていると、フィビーは少し手を動かしてから、顔を上げた。

「変な夢を見てしまって」

「どんな?」

 チェリーが聞き返した。

「イチ・ロー様とチェリーに、置いて行かれる夢を見てしまって、ひとりぼっちにされた夢を」

 まだ、夢見心地なのか、フィビーの言葉が少しぼやけて聞こえた。

 チェリーはベッドの上に上がった。

「莫迦ねえ。そんなことあるわけないでしょう」

 チェリーはフィビーの顔を覗き込むと、優しく肩を抱いた。

「でも、目を開けたら、イチ・ロー様もチェリーもいなくて」

「イチ・ローはね、どうしても、あたしたちだけにベッドを使って欲しかったんだって。それで、自分は床に寝るなんて言い出すのよ」

「え、いや、俺は、そんなこと、一言も」

 チェリーの視線に、一郎は少し言葉を濁した。

「あら。あたしたちが寝ている間に、ベッドを抜け出して、床で毛布にくるまってるなんて、そういうことじゃないの?」

 一郎は口ごもって応えなかった。

「イチ・ローが気を遣ってくれるのはうれしいけど、そんなの、あたしにはかえって辛いだけ。だから、三人で、分け合いましょうよ」

 一郎はしばらく考えたあと、「そうだな」と呟くように返事をした。

「ごめん」

 一郎ははっきりとそう言うと、ベッドの上に上がった。

 しかし、正直に言うと、一郎は女の子二人に挟まれて眠るのが少々辛くなっていた。油断すると男の本能がすぐに目覚めてしまうからである。

〔早く仲間を集めよう。男の仲間を作って常に二部屋以上で泊まるようにしないと〕

 また、始めの体勢に戻った。一郎を挟んで、右側にフィビー、左側にチェリーがぴたりと寄り添って、横になった。

「イチ・ロー様」

 フィビーは少し恥ずかしそうに話しかけた。

「なんだい」

「黙ってどこかに行ったりしないでくださいね」

「ああ。そうだね」

 もっと気の利いたことが言えたらいいのに、と一郎は思った。

 フィビーは再び一郎の温もりを感じて、安心して眠りにつこうとしていた。

 チェリーは心の中で自分に悪態をついた。

〔いいこぶって、イヤな女〕

 チェリーはフィビーが羨ましかった。

〔あんな風に無邪気になれればいいのだけれど〕

 チェリーの心の隅に引っかかるものがあった。それは過去の記憶、過去の傷だった。

〔海の匂いはイヤ。昔のことを思い出すから〕

 

        10,

 

「黙ってどこかに行ったりしないでくださいね」

 そう言って、フィビーが再び目を開けると、目の前から、一郎とチェリーの姿が消えていた。

〔そんな〕

 フィビーは勢いよく上半身を起こした。

 部屋の中を見渡しても、二人の姿はなかった。しかし、荷物はあった。

 上半身を支えた手を少し動かしたとき、乾いた音がした。

 音の原因は紙だった。それも書き置きだった。

「チェリーと裏で稽古をしている。イチ・ロー」

 それを読んでフィビーはほっとした。

 起きたばかりで動きの鈍った頭は、ほっとしたとたんフィビーに休むことを要求した。

 しばらくぼーっとしたあと、フィビーは窓のカーテンをめくってみた。

 日が昇った直後だった。まだ微かな朝焼けが残っていた。窓の下には、格闘技の稽古をしている一郎とチェリーがいた。

〔あ、ほんとうだわ〕

 それから、また、ベッドに横になりかけて、フィビーはやっと着替え始めた。

 フィビーが着替え終わったころ、一郎とチェリーが戻ってきた。

「やっと起きたの?」

「おはよう、フィビー」

「おはようございます、イチ・ロー様。チェリー」

 フィビーは一郎に駆け寄るとタオルを手渡した。

〔しまった〕

 チェリーは一郎と組み手の稽古をしているのに夢中でそこまで気がつかなかった。

「ありがとう」

 一郎はにっこりと笑ってタオルを受け取って、首に掛けた。

 フィビーも応えるようににっこりと微笑んだ。

 一郎はその笑顔をチェリーに向けた。

「サンキュー、チェリー」

「え?」

 チェリーは油断していた。フィビーの笑顔がまぶしかった。ああいう笑顔ができたら、と考えていたとき、一郎が言葉をかけてくれた。

 チェリーは顔が熱くなるのを感じていた。

「ありがとうって、言ったんだよ。チェリーに稽古を付けてもらったら、不安がなくなったよ」

「あ、そう」

 チェリーはとっさに言葉が出てこなかった。顔が赤くなっているのが、一郎に悟られることの方を心配していた。

「これからも、頼むよ」

 一郎がぽんと肩を叩くと、チェリーは少し震えるような声で小さく「うん」と言った。

 一郎の触れた肩から、チェリーの体の中は次第に暖かくなっていった。さっきまでフィビーに対して抱いていた、嫉妬とも羨望ともとれない複雑な気持ちが、すっとほぐれていった。心が軽くなっていくのがわかった。

〔うれしい〕

 口には出ないが、チェリーの顔にはそれが現れていた。

 フィビーにはそのチェリーの幸せそうな表情が羨ましかった。そして、不安になる。

〔私はチェリーのようにイチ・ロー様の役に立っているだろうか〕

 だが、一郎はそうした二人の表情の変化に気付かず、部屋の中の洗面台に向かった。

 洗面台の脇の水瓶から手桶に水をくみ、一郎は顔を洗った。

〔やっぱり迷ったときは体を動かすに限るな〕

 一郎はふと自分の右手中指に目をやった。

 金色の指輪がきらりと光った。

〔もう、引き返せないんだ。それにこの世界に来るときに、京(けい)というエイリアンと約束した。この世界を救うと〕

 一郎は首に掛けたタオルで顔を拭いた。

〔京は言った。俺が死んでも元の時間に俺を戻すと。なら、俺も死ぬ気で全力を尽くしてこの世界を救うためにがんばるか〕

 顔に当てたタオルからほのかにレモンのような匂いが立った。

 少し興奮気味だった一郎の血を、その匂いが優しく抑えていった。

〔この世界で死んだら、元の世界に戻る。俺はそれでいい。でも、フィビーとチェリーはどうなる。主を亡くした刻印の持ち主は主と共に死ぬ運命にあるという。なら、俺は死ねない。必ず勝ち残って、二人を刻印から解放する〕

 落ち着いた気分になって、一郎は二人の方を振り返った。

「よし。二人とも、朝食にしよう」

「はい」

 フィビーとチェリーは同時に返事をした。

 二人はお互いの顔を不思議そうに見つめ合った。そして、同時にくすりと笑った。二人の間に不思議な連帯感が生まれた。

 フィビーとチェリーは、先を争うように、一郎のあとに続いて部屋を出た。

 

        ○

 

 朝食を終えたあと、一郎たちは、宿を発った。さらに東へ向かって。


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