俳句カレンダー鑑賞 6月



 第一句集『昔の香』所収。平成5年刊。明治神宮菖蒲園吟行で得た一句と伺う。
 花菖蒲は年々改良がすすみ、豊かな色彩と品種はまさに美の競演といった風情である。
 その株数を誇る菖蒲園は各地に点在するが、明治神宮の菖蒲園ほど美しい処はないであろう。歩を進めるごとに変わってゆく周りの景色を取り込んだ庭園は、まさに圧巻である。
 大勢の仲間からすり抜けるように橋を違えた。独りで対象に向うことから見えてくるものがある。けぶるまでという時間の経過により、現実から虚への心理的なものがみてとれる。けぶるのは作者自身に他ならないが、作者の周りの風景までもがけぶって、一本の菖蒲だけが浮きたって見えてくる。さらに見つめる先は、茂りの中のかくれ花。秘めた美意識が巧緻な手法で独自の世界へ誘う。
 真闇をさ迷い、闇に遊び目指す先はさらに闇。そこに泛び上がる幻を掬い上げたいという作者の姿勢がみてとれる作品である。(神山博子)
けぶるまで見つめ菖蒲のかくれ花  手塚美佐
 社団法人俳人協会 俳句文学館458号より

■戻る■