第16回俳人協会新人賞を受賞の第3句集『鷹の木』に所収の句で、平成4年の作。掲句には前書がないので、この山・川がどこか判らない。しかし場所を明らかにしないことで、読者が気ままに、この「川を生む山」がどこか、想いを巡らせる自由が残された。そこにこの句の味がある。 桃源郷と見紛う村落の空に、幟が二旒三旒とはためいている。この景は日本人誰しもがもっている“心の原風景”だろう。若くから旅吟を重ねて胸奥に刻んできた心象風景を、かくも直截に表現した作者の雄勁な詠みぶりに惹かれる。 本句集のあとがきに「現実にもっと対峙した、消すことの出来ない自分臭さの俳句であるべき」だと己の作句姿勢を示して、当時多くの共鳴を得たのだった。 その例として〈朴の芽を鳥科植物とも思ふ〉の一句を掲げておく。また一方、父であり師である能村登四郎を〈春の暮老人と逢ふそれが父〉と突きはなして詠む俳味もあわせもつ。その資質は、登四郎が遺した〈楪やゆづるべき子のありてよき〉の一句が全てを語って余りあるであろう。(千田敬) |
|
川を生む山の力や幟立つ 能村研三 |
|
社団法人俳人協会 俳句文学館457号より |