俳句カレンダー鑑賞 3月



 昨年俳人協会賞を受賞した『笙歌』に所収の句で、平成6年の作である。
 「蓬摘みにけり」の他に何も言わず、「万葉の風立つ」に全てが込められ託されていて、省略の効いた句である。万葉とは多くの草木の葉のことだが、万葉集の略称でもあり万葉集の歌を思わせる。万葉集には植物が150種以上も詠まれていて、その万葉の風が吹いていて万葉植物の中の蓬だとも思わせて妙である。季題の扱いが平凡に見えながら新鮮である。
 蓬は餠に入れるので「餠草」と呼ばれているが、独特の強い香りは邪や鬼を祓うとされてきたし、平安時代には薬玉を作って飾り、魔除けにし長寿延命を祈った。その蓬を野辺へ出て摘んだときの風が万葉の相聞歌に聞こえたのであろう。
 柔らかい若葉を茹でて擂鉢で摺ると、春の瑞々しい香がして生命力を感じる。奥様を亡くされた年の句でもあり、「蓬摘みにけり」には奥様への憶いが込められているのであろう。(小谷ゆきを)
万葉の風立つ蓬摘みにけり   大嶽青児
 社団法人俳人協会 俳句文学館455号より

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