「俳句界」平成19年5月号発表の句。〈寒林に棲まば残生明らむか〉を含む作品のうちの一句。 雁の句といえば作者の師であった石田波郷の〈雁やのこるものみな美しき〉を思い起こすが、掲句は春に雁が北方に帰っていく日などは、自分もどこかへ攫っていってしまってくれないかと思うのである。 一瞬の心の動きを俳句にしている。帰雁という眼前の景が、心の奥底にあったものを引き上げてくれていて、景と情の交差によって一句が立ち上がってきている。 作者には、句集『聞香』に〈雁渡しいのちいつさい吹かれをり〉の句があり、いのち一切が攫われたくなるということなのかもしれない。 一瞬何ものかに攫われたいという感触は女性ならではの心理なのであろうか。あるいは、どこかへ行ってしまいたいという魂の傷みなのであろうか。この遠ざかりの意識が、作者を内部世界へと向かわせているのだ。(石嶌 岳) |
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雁帰る攫はれたくもある日かな 大石悦子 |
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社団法人俳人協会 俳句文学館455号より |