![]() |
|
句集『遠海』所載、昭和五十一年頃の作、岩船寺・浄瑠璃寺から独り山道を京都方面へ歩いた時のものという。 作者は、昭和二十九年から約十年、僻地の医師として診療に従事していた。当時、わが国は末だ一様に貧しく、地域の人々との篤い信頼感があればこその、厳しい歳月であった。 天の音≠ノ万感の想いを込めている。医師として常に生死を見つめ、多くの生命を見守って来た。落葉の降るかすかな音、それは昇天した人々の声が、この世を司る神の声が、今それ等をこの地上とまさに繋ぐように、ゆるやかに続く。あの大きな朴の落葉は、ささやくように、又何かを訴えるように、光と風を連れて眼前をよぎる。 現実を見つめ、その物の真理を捉えていよう。穏やかな調べであり、侵しがたい丈の朴を仰いだ瞬間、天恵のように降りそそぐ諸々に心ときめき、無心の境地に浸るひとときである。そして来し方の哀歓を反芻し、澄み透った山気に句まれてゆく。 作者は現在「風雪」主宰である。 (岡本まち子) |
|
天の音聞きつくしたる朴落葉 三嶋隆英 |
|
社団法人俳人協会 俳句文学館403号より |