俳句カレンダー鑑賞 9月





虫籠を提げて古本市にをり   井上弘美


 一読して平明、胸にすんなりと納まる一句である。俳句は基本的に一人称と言われるが、この句も締め括りが「をり」ときっぱりしているので、作者ご自身のある日の姿として鑑賞したい。仕事の帰り、または休日の暮れなずむ頃の街に出て出会った虫売。小さな生命の入った籠を得て和らいだ心持から自ずと向いた「古本市」であろうか、気が付いたら「古本市」の中にいたとも受け取れる感じもある。「古本市」は季題とはされていないが、曝書を兼ねての市は折々に見かけるので、「虫籠」にひびく季節感は少なくないと思われる。
 一方、この二物の取り合わせには巧まざる可笑味があり、淡々と叙べて無駄がなく、読者は連想を自由に拡げられる一句となっている。
 作者は平成十五年に俳人協会新人賞を受賞、京都の高校で教鞭を執っておられるが、現在は上京して大学院に在学中で、執筆他に精カ的に活動されており今後が大いに期待されている。句集『あをぞら』に所収。
(きちせあや)
 社団法人俳人協会 俳句文学館401号より

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