虫売がいる。 虫よりもひそかに。 賑やかなところを避けるように、半分が明るく、半分は暗いようなところである。 この虫売、昔のように市松模様の紙障子など、置いてはいまい。 そのまわりに、申し訳ほどの虫麓をならべ、まるで世を背いてでもいるようだ。 虫の声が間こえてくる。 虫売の顔は見えない。 句集『常行』(第二十六回俳人協会新人賞受賞)の中の一句。 〈人通り多くもあらぬ〉との措辞は、この作者独特のものだ。 三村純也という作者の本領と言ってもいい。 句は、季語の本意をしっかりと踏まえていて、「伝統俳句の明日を託す」に足る力量を思わせる。 虫売の風情は、わびしく、また、あわれである。 そしてなによりも、われわれ日本人の身内深く享け継がれている「もののあわれ」の情に導いてくれるものがあって、なつかしい。 (井上幹彦) |
社団法人俳人協会 俳句文学館401号より |