俳句カレンダー鑑賞 5月



 掲句の「旅愁」にはセンチメンタルな気分とは違う軽やかでさわやかなひびきがあります。上句のスピード感のある措辞に因るものかと思います。中国旅行を心ゆくまで楽しんだ折の作と知れば、なおのこと納得のゆくところです。
 作者はこれまでに公私合わせて五回中国を訪問しており、この句は三峡下りを体験された時の作。中国の歴史と文化に造詣深く、とりわけ漢詩を愛する作者にとって、中国への旅がどんなに心踊るものであったかは想像に難くありません。
 同時作に〈三国史に勝者なかりし麦の秋〉〈火蛾連れて舟行四日夜も急ぐ〉などがあります。彼の地の風物を実際に目にした新鮮な感動を胸に、三峡を航く船上でその歴史等に想いを馳せたとき、自ずとある感慨に捉えられたことでしょう。
 それは旅のものさみしさに故郷を思う、というような種類のものとは少し異なる胸のうずき、快い興奮のもたらすものであったと思われるのです。颯々たる青き旅愁とでも言いたいような。
(中丸 涼)
はつなつの船足迅き旅愁かな  山田みづえ
 社団法人俳人協会 俳句文学館397号より

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