高野山
同期の実家シリーズ第2弾
高野山・奥ノ院の参道
2003年11月29日(土) 大阪(なんば) ⇒ 南海・極楽橋駅 ⇒(ケーブルカー) ⇒ (バス) ⇒ 千手院橋 ⇒ 金剛峰寺 ⇒ 壇上伽藍 ⇒ 一の橋 ⇒ 奥ノ院 ⇒ 弘法大師廟 ⇒ (バス) ⇒ (ケーブルカー) ⇒ 極楽橋駅 ⇒ 橋本駅 *この日は和歌山県・橋本市の同期実家に宿泊 時間:2時間くらいのウォーキング |
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お待ちかねの「同期の実家シリーズ第2弾」である。9月27日の「第1弾(伊吹山)」からはや2ヶ月、今回ターゲット(犠牲ともいう)となる同期の実家は和歌山県の橋本市、あの「筆の誤り」で有名な弘法大師様(=空海)がお開きになった聖地・高野山(こうやさん)のお膝元である。RIKIは高野山ウォークで心身ともに浄化、他の連中はゴルフで日ごろのストレスを発散の予定。その後はカニすきパーティが予定されている。
今回はカニのことで頭がいっぱいで、真剣に山歩きをやろうという気はまるで無い。したがって西宮の寮を10時過ぎにゆったりのんびりと出発、大阪・難波駅から南海電車で一路和歌山へ。高野山のふもとの駅「極楽橋駅(ごくらくばし)」からケーブルカー、バスを乗り継いで、高野山の一番の中心街である千手院橋(せんじゅいんばし)には14時すぎに到着する。ちなみに「高野山」という名前の山は無い。高野山とはあくまで地名で、弘法大師様がお開きになった真言密教の修行の場、標高900m程度の盆地の一帯を言う。
南海・極楽橋駅から ケーブルカーで高野山へ。 |
天気予報は雨であるが、別に山登りして展望を楽しむわけではないのだからどうでもいいのである。荘厳なる雰囲気を味わうには却って好都合だ。極楽橋ではけっこう強い雨が降っているようだったが、高野山に到着する時折薄日も差してきた。千手院橋でバスを降りて、まずは壇上伽藍(だんじょうがらん)に向かう。途中にある金剛峰寺(こんごうぶじ)は高野山真言宗の総本山である。(なんだか歴史の勉強みたいだなぁ〜)
壇上伽藍は根本大塔や金堂などが立ち並び荘厳な雰囲気。
根本大塔。昔、歴史の 教科書で見たなあ〜 |
朱色が鮮やか。 |
壇上伽藍をさっさと見学し、今度は東に逆戻り、奥ノ院に向かう。千手院橋を過ぎると道の両脇はおみやげ物屋さんで賑やかだ。お寺の数も半端じゃない。
鳥居(?)がたくさん並ぶ | こんな建物がいっぱい |
15分ほど歩くと、奥ノ院の入り口、一の橋に着く。ここから一番奥の弘法大師廟まで約2kmの参道は圧巻。樹齢は数百年はあろうかという老杉がうっそうと生い茂り、参道の脇は有名な諸大名や歴史的人物のお墓が所狭しと並ぶ。その数数十万基とのこと。
奥ノ院の入り口「一の橋」 Oh〜荘厳な雰囲気! |
老杉と墓所は荘厳 Oh〜思わず合唱、じゃなかった合掌 |
最奥の弘法大師廟 Oh〜厳粛な空気! |
延々と続く参道、静かで荘厳な空気、ああ〜街で汚れた心と身体がどんどん浄化されていく〜〜きれいになっていく〜。40分ほどで最奥の弘法大師廟に到着。読経の声が聞こえる。お参りをするとなんだかこれまでのバチ当たりの日ごろの行いがすべて許されたような気になっていく。
さあ心身の浄化は済んだ。あとは橋本に戻って同期の連中にこの清浄な気持ちを伝道するだけである。 渇〜っ!
お世話になってこんなことを書くのは大変恐縮だが、この同期、高野山のお膝元という神聖な土地に生まれ育ちながら、これまでの40数年、実にバチあたりだらけの人生を歩んでいるのである。(詳細は省略)
その橋本の同期の実家についた。宴会の始まりである。
カニさんである。 本日のいけにえ。 |
酒が入ると高野山も遠い昔 となってしまった。 (同じ穴のむじなと言う) |
調子にのりすぎである。 弘法大師様もそろそろお怒りである。 |
なぜかボーリングである。 煩悩の極みである。 もうバチあたり間違いなし。 |
というわけで、高野山の荘厳な空気で浄化された体も、わずか数時間でもとの汚れた状態となり、ボーリングで普段使わない筋肉を使ったものだから、ご想像通り翌日はヘロヘロでの帰宅となったことは言うまでも無かろう。
おわり