松田 武彦
経営情報学会(JASMIN)1993年春季全国研究発表大会発表要旨 pp.65 - 68
Abstract Organizational intelligence is characterized as (1) analytical tools for organizational processes, and (2) synthetic guides for information systems design. (1) may be useful in explaining organizational phenomena and behaviors for organization theory, and (2) may be effective in designing and implementing various information systems for organization engineering ; thus both serving for organizational information creation.
はじめに
筆者が1987年以来提唱している(松田、1987)組織知能(organizational intelleigence)について、コンセプト唱導の趣旨、組織の実態説明(組織理論)のための分析ツールならびに組織内の情報設計(組織工学)のための総合ガイドとしてその役割に関する最近の考察、さらに組織における情報創造の原動機構としての意義について述べる。
1.組織知能コンセプト提唱の趣旨
以後の議論に有用という意味で、暫定的に「組織の持つ人間知能(human intelligence)と機械知能(machine intelligence)の交絡(相互作用)・集積・統合の複体」と組織知能を定義しておく。
この定義の仕方の著しい特徴はつぎの2点にある。
(1) 機械知能(ないし情報技術[information technology])−人工物(artifact)−を取り入れたこと。
(2) 集合概念として組織知能を捉えたこと。
暫定的定義は、必然的に、組織知能研究の基盤となる学問の性格を規定する。すなわち、(2) により、個々の知能単位(個人、人工知能ユニットなど)ではなく、「知能単位の集合体」の行動に焦点を置く学問として、知能“社会学”(intelligence “sociology”)が期待される。これには、さらにつぎの3つの区分が考えられる。
(1) 知能社会学(intelligence sociology)−人間知能同士
(2) “準”知能社会学(“quasi” intelligence sociology)−人間知能対機械知能(一方が人工物であることから“準”とした)
(3) “擬”知能社会学(“pseudo” intelligence sociology)−機械知能同士(双方とも人工物であるところから“擬”とした)
また、組織知能には、物理学における「光」のように二面性があり、これをつぎのように認識する。(Matsuda、1992)
(a) プロセス性(process-intelligence)−人間の脳内プロセスとしての個人知能からの類推−ヨーロッパ大陸諸国で受け入れられている。
(b) プロダクト性(product-intelligence)−上記プロセスの産物としての“情報”−米、英などの英語圏で行われている認識である。
この両者の間には、大局的に (a) → (b) の認識論的因果関係があるが、重要なのは、物理学における粒子性と波動性のように、状況に応じて両者を賢明に使い分けることである。
これを要するに、情報活用高度化社会(information-sophisticated society)の組織を見る新しいパラダイム(統一視点)として組織知能を提唱しようというものである。社会科学の分野で、このように日本から世界に向けて新しいコンセプトが発信されるのは極めて希なことと言ってよい。
2.組織理論のための情報創造
組織研究において筆者がこれまで拠って立って来たのは、H. A. Simon によって唱えられた意思決定パラダイム(decision-making paradigm)で、組織を成員(メンバー)による意思決定のネットワークとしてとらえるものである(Simon、1945)。その骨子は、個々の意思決定が組織の価値前提(value premises)と事実前提(factual premises)がきまれば演繹的に(自動的に)きまるとするところにある。
これに対して、筆者は、このように意思決定の諸前提を所与(given)として受容することに不満を覚え、むしろそうした諸前提の組織内での生成(generation)を説明することこそ組織理論の任務であるとする立場を採る。つまり、意思決定パラダイムより一層基本的(fundamental)な組織パラダイムとして組織知能パラダイムを提唱する。
組織における意思決定の諸前提の組織内生成は、すなわち組織意思決定のための情報創造である。勿論、中には高度にルーチン化されていて「創造」の名に値しないものもあろう。しかし、単なる前例の踏襲でなく、何らかの新情報の取り込みや旧情報の見直しが含まれるときは、これを一般的に情報創造と呼ぶことが許されるであろう。
以上を要約すれば、組織理論の一部としての組織意思決定の理論は、組織知能によるつぎの二つの過程を含む。
(1) 組織意思決定の価値前提生成
(2) 組織意思決定の事実前提生成
3.組織プロセスの精密分析ツール
プロセスとしての組織知能(1、(a))を組織理論用の分析のツールとして利活用するにあたっては、いま少し具体性を与えるため、組織知能を以下の六つのサブプロセスに分け、その一つ一つをやや精密な分析ツールとして適用する。詳細は(松田、1990)参照。
(1) 組織認知(organizational cognition)
(2) 組織記憶(organizational memory)
(3) 組織学習(organizational learning)
(4) 組織伝達(organizational communication)−個人知能との決定的相違点
(5) 組織推論(organizational reasoning)
(6) 組織意思決定(organizational decision-making)
4.組織工学のための情報創造
組織行動(organizational behavior)の実態説明を任務とする組織理論に対して、組織工学は、組織の方策論(policy)の一環として、最も定量的取扱いに耐える組織情報のシステム設計を任務とする。
そのための情報創造を可能にするには、まず情報活用高度化社会を推進すべき情報技術(information technology)を組織同化(organizational assimilation)して、組織にとって有用な情報の創造に利用することが肝要である。同化は、本来植物学の用語で、植物が外界から取り入れたものを化学変化によってその植物に有用な物質に変える作用を指す。それとの類推によって、組織が情報技術を外界から取り入れ、これに(化学変化に匹敵するほどの)変化を加えて組織に有用な情報を創造することを情報技術の組織同化と呼ぶ。
このとき得られる情報はつぎの2種である。
(1) 作用情報(operative information)−すぐに組織に役立つ情報
(2) 貯蔵情報(preservative information)−すぐには役に立たないが、将来に備えて組織内に貯蔵される情報
上記の情報創造の産物の組織経営における使途はつぎの2種に分かれる。
(A) 管理(management)−組織の現在の有効性の高度化−作用情報の利活用
(B) 戦略(strategy)−組織の未来の有効性の高度化−貯蔵情報の利活用
第二次世界大戦後、アメリカの影響によって経営のあらゆる面(品質管理、生産管理、物流管理など)で「管理」が成功したため、その経験の組織記憶のためわが国では組織の管理志向が極めて強いが、学習解除(unlearning)によってその足枷を脱却して戦略志向に移行することを志すべきである。
5.情報の総合ガイドとしての組織知能
組織における“いわゆる情報”−プロダクトとしての組織知能−には、その組織に対して持つ意味の上からつぎの三つの階層がある。
(1) 資料(data)−最も一般的。ある組織に特化した意味付けは薄い。
(2) 情報(information)−一般性を犠牲にして、組織に特化したある種の意味付け(範囲は広い)を受けた資料。しかし、まだ断片的で総合性は薄い。
(3) 情絡(筆者の造語)(インテリジェンス)−構造化を通してつながり(脈絡)をつけられた情報。最も総合性に富む組織上の意味付けをなされ、時に高度の機密性を持つ。
この三つの意味論的階層は、生きた人体を維持するための血液循環にたとえれば〔(血液の)化学成分−血液−血流〕の階層に当たる。
組織の情報−一般的−においては、階層の後のものがより総合性が高く、前のものをまとめるデザイン・ガイドを提供する。その意味で情絡(インテリジェンス)が組織工学における総合化の最終概念であり、「知恵一歩前」と言われる所以(ゆえん)である。
参考文献
- Simon, Herbert A. (1945), Administrative Behavior (The Free Press ; A Division of Macmillan) ,(3rd. Ed. 1976). H. A. サイモン、松田武彦・高柳曉・二村敏子訳:「経営行動」(ダイヤモンド社)、1965(新版1989).
- 松田武彦(1987)、“組織知能の科学と技術”、『産業能率大学紀要』第7巻第2号、pp. 1-18.
- 松田武彦(1990)、“情報技術同化のための組織知能パラダイム”、『組織科学』(組織学会誌)第23巻第4号、pp. 16-33.
- Matsuda, Takehiko(1992), “Organizational Intelligence : Its Significance as a Process and as a Product”, in the Proceedings of CEMIT/CECOIA3 (The Japan Society for Management Information), pp. 219-222.
一部、機種依存文字を変更しました(時山)