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第2回 【混沌とした中から現れるもの・・・】 |
熱いお味噌汁が冷めていくのを観察したことがありますか? 湯気を通して、お味噌の粒子がお椀の中を動き回っているのが見えますね。熱を逃さない理想的な容器の中に熱いお味噌汁を入れて(具は、ないほうがいいのですが)、風のない静かで平らな場所に置いておくと、お味噌汁の表面に6角形のパターンが出現します。まるで蜂の巣のような・・・。 誰が命令したわけでもないのに、混沌とした中から突如現れるパターン。これこそ「自己秩序形成」なのです。どんなメカニズムで自己秩序形成が起こるのでしょう? ぼくが大学院にいた頃ですから、もう10年以上も昔ですが、ぼくを含めて周りの研究者は、多粒子系の統計的挙動の数学的構造を研究していました。一言で言うと、「物体がたくさん集まると、1つずつの振る舞いとは異なる集団的行動が生じる」という研究です。例えば、心臓の筋肉の1つずつは自分のペースで収縮を繰り返すのですが、みんな集まって1つの心臓になると、ある決まった鼓動になるのはどうしてか、というようなことです。そこにはリーダーはいないのですね。オーケストラなら、指揮者が指示を出すわけですが指揮者がいない時にはみんなかってに音を出すだけ。心臓とオーケストラの違いは何か? そんな性質を研究していました。そこにはカオスやフラクタルも顔を出していました。 さて、しばらくは自己秩序形成にどんな例があるのか散策してみることにしましょうよ。 まずは今述べた「心臓の筋肉」。1つずつは勝手なリズムで収縮を繰り返すだけなんですね。ところが、みんな集まって心臓になると、ある一定のリズムで収縮を行なうようになる。どうしてなのでしょう? 少なくとも、 1.1つずつの細胞には「みんなに合わせようとする」メカニズムがある。 2.自分のリズムを他人に伝えることができるし、他人のリズムを知ることができる。 という条件がなければいけない、ということがわかりますよね。ところでアメリカの経営学者バーナードによれば、協働システムというのは 1.共通の目的、 2.貢献意欲、 3.コミュニケーション という3要素を持っているのだそうです。なんだか似てますよねぇ。 さて「自分のリズムを他人に伝えることができるし、他人のリズムを知ることができる」、つまりは情報の共有化ですが、自分以外の全員のリズムを知らなければいけないのでしょうか。それともとりあえず隣近所のリズムだけを知っていればいいのでしょうか。これについて面白い例があります。 秋から冬にかけて、渡り鳥が見事な列をなして空を飛んでいくのが観られますね。ものを考えるとも思えない鳥が、どうして見事な列を成しているのか・・・、そのメカニズムを解明しようとした人がいます。コンピュータ上に鳥のモデル(birdoid あるいは略して boid)を作って、次のルールでシミュレートしたのでした。そのルールは、 1.とりあえず暖かいほうに向かって飛ぶ 2.隣近所の鳥からあんまり離れないようにする 3.隣近所の鳥や障害物にぶつかりそうになったら回避する というだけのものでした。シミュレーションの結果は・・・、見事な列を成して飛んでいったそうです。しかも進路上に障害物を置くと、その列は障害物の手前で2手に別れて衝突を回避し、再び合流して飛んでいくという感動的なシーンまで見られたようです。 この例で重要なことは、どこにもリーダーがいないということです。しかもそれぞれの鳥は、せいぜい隣近所の状況しか見ていないということです。隣近所の状況だけで自分の行動を決めることを近接相互作用といいますが、近接相互作用だけで見事な秩序を形成した例です。 先の心臓のお話を思い出してください。それぞれの細胞は全員のリズムを知る必要はないのです。せいぜい隣近所のリズムを知ってさえいれば、秩序形成ができるはずです。ここまではちょっとした本には書かれていますが、ぼくはまだ条件が必要だと考えています。それは時間という概念。つまり 「状況認識時間と行動変化時間と情報伝達スピードとのバランス」 だと思うのです。何か緊急事態が起こった時に(例えば障害物が現れたとか)、情報伝達が間に合わなかったら、組織として対応できないですよね。障害物に衝突する鳥もたくさん現れたかもしれない。あるいは逆に、いくら情報伝達が素早くて行動が迅速にとれたとしても、状況認識が遅れたら、やっぱり対応できないことになりますよね。このバランスについては(少なくとも日本で)出版されている複雑系の本には書かれていないような気がします。だけど「経営の観点からは、最も重要なことの1つでしょう。これについては、いずれ「組織知能」をテーマにしたお話を掲載する予定です。 今回のテーマは「情報の共有化による秩序形成」でした。次回は「無秩序の引き起こす秩序」とでもしましょうか。酔っ払いがフラフラするお話です。 |