SSD Consulting

 

第1話 − 複雑系と組織 −


第1回 【秩序と時間と食べ物と】
 
「エントロピー増大の法則」はご存知でしょうか。エントロピーという概念は乱雑さの程度を数量化したものです。したがってエントロピーが増大するとは、秩序のあったものが乱雑になっていくということ。

例えば「朱に交われば赤くなる」という言葉がありますよね。水の入った容器に赤インクを1滴ポタリ・・・。この状態は、まだエントロピーは小さいのです。つまり赤インクの分子は「片付いている」状態。ところが段々時間が経つと、この赤インクの分子はどんどんと拡散して、散らかってしまう。ついには容器全体に広がってしまうとエントロピーは一番大きい状態になるわけです。まるで、ぼくの机の上とそっくりなんですけどね。

正確には、閉じた系(システム)ではエントロピーが必ず増大する、というのがエントロピー増大の法則の内容です。ところで、この世の中で一番大きな閉じた系といえば・・・そう、宇宙全体です。この法則に従えば、宇宙は段々乱雑になっていって、最後にはメチャクチャな状態、つまりは死んでしまうわけ。この宇宙は「死」に向かって進んでいるのですよ。これは物理的事実。

悲観的なお話になったところで、少し楽しく、キャッチボールを考えてみましょう。Aさんがボールを投げて、Bさんが受け取ります。これをビデオに撮影しておくのです。そして再生すれば、Aさんがボールを投げてBさんが受け取りますよね。これを逆回しで再生したら、どう見えますか? Bさんが投げてAさんが受け取るように見えませんか? (空中にあるボールだけを見るのです。)このように、ボールの運動は時間の向きを反転しても(ビデオを逆回ししても)同じ事が現実に再現できるのです。

ところが、先程の赤インク・・・。分子が拡散していく様子をビデオに撮って逆回しで再生しても、同じ事は再現されないですよね。容器いっぱいに広がっていた赤色のインクが、だんだんと一点に集まっていくなんて! つまり赤インクが拡散していく様子は、時間の向きを反転したら現実に再現されないことになります。これが「多粒子系」の性質なのです。赤インクの分子は、とってもたくさんあるため、時間の向きを逆にすると変なことが起こってしまう。

ここで時間の向きを定義することができるのです。つまりエントロピーの増大する方向が、時間の進む方向。

さて、もう1つ。みんな生れてきた時は、ちっちゃな赤ちゃん。この赤ちゃんは成長するにつれ、骨格も内臓も脳の中身も、段々と複雑になっていきます。言葉を代えて言えば、段々と秩序が形成されていきます。ここで質問。エントロピー増大の法則によれば、秩序が壊れていくんじゃありませんでしたっけ? どうして人間は、時間が経つにつれて秩序が形成されていくのでしょう。

答えは「閉じた系ではないから」です。人間は食べます。飲みます。呼吸もします。そうやって外部からいろいろなものを取り入れていますから(もちろん外部に排出もしますが)、閉じた系ではないのです。この場合には「開いた系」といいます。人間は開いた系だから、エントロピー増大の法則に従う必要がないのです。食べ物の役目は、ここにあるのでした。おいしいかどうかは、この際関係ないのですが・・・。

最近興味が持たれている「複雑系」の第一歩です。開いた系では、どのように秩序形成がなされていくのか。これについては、面白い例があるのですが、それは第2回で・・・。「冷めていくお味噌汁」のお話から始まるのです。