オヤジ達のたき火
 

□□  98年10月3日

 4時に目覚まし時計が鳴った。ぼくは、いつも使う小型のザックに一通りの道具を詰め込み、まだ明けきらない中を静岡は梅が島に向かって出発した。
 梅が島は静岡市内西部を流れる長さが約50キロほどの安倍川上流にある。静岡市の最深部にある温泉郷である。市営の温泉もあり、お湯は単純硫黄泉。大谷崩や八紘嶺など2000M級の山が回りを囲み、なかなか楽しそうなところなのである。

 今日はその梅が島にある市営梅が島キャンプ場にいくのだ。Niftyのキャンピングフォーラムの仲間とのキャンプである。しかも今回のメンバーは全員オヤジ(独身者もいるから正確にはオヤジおよびその予備軍ということになる)達だ。家族を残したままの全員ソロ参加。めいめいが勝手に好きなことをおこない、テキトーにテントを張り、テキトーに飯を食らい、テキトーにきてテキトーに帰るのを目的にするという、これまた気楽テキトー魅惑にとんだ集まりなのである。

 キャンプ場に到着してまずは途中でいっしょになったHOPEさんと缶ビールで乾杯をした。すでにキャンプ場には平均さん、ういりさん、かずぱぱさん、sararimacさんがいて、キャンプ場のほぼ中央にある東屋の周りでくつろいでいた。テーブルの周りにはそれぞれが食べたと思われるカップラーメンの空容器などが乗っていた。
 挨拶もそこそこにぼくはビールを飲み、HOPEさんとともにそれぞれのテントを張る場所を探した。東屋から少し離れた場所に一本の木が枝を張り出しており、その下にきれいな形をした小さなテントが張ってあった。ういりさんのMOSSのテントだった。

ういりさんのMOSSテント「形が良いテントっていうのは居住性を犠牲にしてあるんですよね」
「どれどれ」
「ほらね、結構中は狭いでしょ?」
ういりさんは夜勤明けのまま電車に乗り込みここに到着したのである。夜勤明けとは思えないほど精悍な顔をした青年(という印象なんだけど)なのである。
 ぼくらはういりさんのテントの近くにタープテントの異名のあるリトルスターを張り始めた。かずぱぱさん、sararimacさんも興味深げにぼくらの張る様子を眺めていた。地面は石が多く、小さなペグでは歯が立たず結局スノーピークの鋳造ペグを叩き込んだ。

「こりゃあ、テントというようなものじゃないよね」
「でも、タープでもないんだよね」
「軽いのはいい」
「開放的ではあるな」
「心細いくらいのときもあります」
「ううむ、これは物好きでないと使いこなせないかもね」
「そうとう手心のある人でないと駄目かも」
装備の講評はキャンパーの常。

 そんなことを話しながら、ぼくらがゆっくりとテントを張っていると、
「こんちわあ」
といいながら中部のライダーさんがやってきた。
 彼は1300ccのでかいバイクを衝動買いし、今や不良中年としての王道を驀進中なのである。さっそく彼もテントを建てにいった。
 ぼくは自分のテント(何度もいうけど正確にはテントじゃないのよねこれって)を張り終えてから東屋のテーブルに戻った。しかしメンバーはそれぞれ勝手に遊びにいってしまい、そこには誰もいやしなかった。ういりさんは夜勤開けの疲れのためか、テントの中で寝てしまっている。まことにテキトーなキャンプオフである。
 で、ぼくは何することもなくただ缶ビールのプルリングを開け、上を見たり下を見たりひたすら飲んでいるのみであった。渇いた喉にビールの苦みがとても良くしみた。

梅ヶ島キャンプ場

 幹事のテールウォーク氏と渡部さんは釣り堀に出かけているということだった。しばらくして彼らが戻ってきた。渡部さんはいつものようににこにことして「ほらあ」などといいながら手に持ったビニル袋を見せてくれた。そこにはたっぷり太ったアマゴが10匹はいっていた。きれいなピンクの斑点のあるアマゴは確かにさっきまで池の中を泳いでいたとわかるほどの生きの良さだった。

「竹ももってきちゃいました」
どこで見つけてきたのか竹竿をしっかり引きづっているのだ。
「じゃあ、ぼくらは竹串をつくりましょう」
「ついでにたき火もしちゃいましょう」
「薪も買ってきましょう」

 というわけでとーちゃん達はたき火の周りでアマゴを焼こうという目的に向かってそれぞれ作業に励んだ。ほかに何もすることがないからみんなテキパキと働く。時刻はそろそろ夕方の4時になろうとしていた。
 きれいにさばかれたアマゴに竹串をさしこみたき火のまわりに遠く離して立てておく。ぼく、テールウォークさん、渡部さん、かずぱぱさん、HOPEさん、ライダーさんがそのまわりでぼつぼつと話を始めた。
 まわりには何組ものファミリーキャンパーが大きなドームテントを張り、タープの下にテーブルを置き、そしてバーベキューグリルで炭をおこし、一様にかすかな緊張を漂わせて「キャンプ」を始めているのだった。
 ぼくらは、そんなファミリーキャンプの人たちを見ながらつぶやくように話をした。

たき火

「ああいうキャンプもよかったなあ」
「テント張るのが楽しいんだよね」
「そうそう、タープの張り具合なんかなんども確かめちゃう」
「で、子供に飯の支度をさせる」
「かーちゃんはデンと座っているだけ」
「でも、そのうちなんとなく飽きちゃうんだよね」
「長くは続かないのよね」
「子供が大きくなるとなおさら」
「ひとりの気楽さが判るとこりゃあ大変だよね」
「かーちゃんには言えないし」
「言えない言えない」
「みんな一人でキャンプするときに言い分けってするの?」
「なんとか取り繕うしかない」
「こんなオヤジの集団って昔はなんか胡散臭かった」
「今自分達がそんなオヤジになってるわけね」
「でも、実になんていうか気楽ですね」
「ほんとほんと」

 いつしか辺りは暗くなってきており、ういりさん、平均さん、sararimacさんも火の周りにやってきて全員がそろった。
 食事といったってなにも大業に作るわけではない。各自が自分の周りに小型バーナーを置き、一人分のレトルトご飯を暖め、カレーを暖め、あるいはラーメンを作り、あるいは焼きソバを作るといった具合だった。

 酒はみんなが持ちより、さっきからグルグルと4合ビンが手から手へと渡されていく。出色なのはsararimacさんだった。七輪をデンと置き、まずは焼き鳥を焼いた。そして焼津名物黒はんぺんを焼いた。そしてこれまた名物という「ねぎま鍋」を作るという。ぼくらはそれらをもらっては食べ、そしてまた飲み、また食べた。
 たき火の明かりはぼくらの顔を照らすだけで、ぼくらは時間の経つのをしばし忘れた。

オヤジ達

 オヤジってのはいくつもを持っているものなのだ。そしてその顔は大部分が生きていくために必要な厚顔さや、小心さを少なからず表に出しているものだ。

 上司の苦言に胃を押さえ、得意先に頭を下げてはこんちくしょうと思い、町内会の会合で冷や汗を流し、終電に飛び込んではゼイゼイとあえぐ。ああ、なんでこういうことになってしまったのかなあという諦めもある。でも、俺は違うって思うのだ。俺のフィールドは別のところにもある。別のところでちょっと充電してまた働く。その時別の自分があるってことが気持ちを落ち着かせる。

 子供が自分を表に出してくるようになると、機嫌だけとっていればいいてものじゃなくなる。その時子供に相対していけるものがないと、それはそれで困る。別に子供をそこに引っ張り込むつもりはないし、無理強いもしない。でも、いつか俺はこんなことやってきたから、これだけはおまえ達と違うってことを見せてやってもいい。親という権限で子供を押さえるつもりはない。でも年をとっているだけのことは、ここまで生きてきた経験だけはちょっとちがうぞ。

 オヤジが3人集まれば宴会だ。立場も経験も違えば考えることも違う。遊びにかける意気込みも違う。仕事だってそれなりにやっている。えっ?と思う。すごいと思う。そういうオヤジは光っている。疲れたといっていてもほんとは違う、目が。その時だけかもしれないがしぶく輝いている。なかなか魅力的なのだ。
 さて、このオヤジ達、次はどこにでかけていくのだろうか。


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