
| 夜は静かに更けて |
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□□ 97年11月23日富士すそ野キャンプ場に行った。
先週の道志村でのキャンプでテントもSTも濡らしてしまったので、道具の乾燥を兼ねてのキャンプである。
それに先週同行したM氏がわざわざ長野から新蕎麦の粉を送ってくれた。だから今回はわが妻のために再び蕎麦を打つことにしたのである。
天気はあいかわらず良くなかったが、ときおり雲間から差し込む日差しはとても明るく、秋が最後のごきげんようを言っているような感じであった。
すそ野キャンプ場に到着し、上段にあるEサイトに行くと広い芝生にほんの3組程度のキャンパーしかおらず、ハイシーズンのにぎわいが失せ、すっかり間の抜けた感じである。段々畑状になったサイトなので、まるでテラスにいるように遠くの山並みや町の様子を眺めることができる。しかし、雲はどんどん黒く厚くなってきて、ついに我慢しきれなくなったのか雨がぽつりぽつりと降って来る始末だった。箱根の山の方角では鋭い稲妻が走り季節はずれの雷鳴がとどろいた。
でもわが家の場合はいつものST温室。すばやく張れば中は極楽。すでに台風も経験しているわが家の奥さんも子供もあわてることはない。まずはゆっくりSTの中でお好み焼きを作る。STの中に置いたテーブルにそのまま2バーナーをセットし、グリドルの上で一枚づつ焼いていく。この頃東京のおみやげで月島のもんじゃ焼きセットというのが売られているが、今度はそいつを買ってキャンプでもんじゃ焼きに挑戦しよう。不思議なことにもんじゃ焼きというのは家で小麦粉から作ると全然美味しくないのだ。あれはきっとなにかヒミツの隠し味が調合されているはずだ。 ぼくは用意していたお酒を飲みながらもっぱら料理人家業に精を出す。
小休止の後、蕎麦を打つことにした。今回も道具はすべてキャンプで使用するものばかりで、特別なものなどなにもない。
粉をこねるのはコッヘル、茹でるのもコッヘル、伸ばすのはベニヤ板、切るのは菜切り包丁。水洗いするのにもふつうの金ザル。
蕎麦粉は先週の会津のものと違い色が白い。更科系というのだろうか。茹でた後の蕎麦湯の色も白く香りもまた違うのである。蕎麦粉の挽きかたが違うのだろう、ということしか判らないが、それぞれの風味を楽しめて飽きない。蕎麦打ちをしていると、蕎麦の香りが立ってくる。本当に香り立つという感じで爽やかである。この楽しみを知ってしまうとなかなかやめられなくなるのだ。打った蕎麦は相変わらず太くて腰の強い麺となったが、自分で作って食べる分にはこれで充分という味である。
キャンプ場の管理人さん達にもお裾分け。いつもここでは良くしてもらえるのでほんのお礼のつもりである。夜になるとますます雨足は強くなり、外気も冷え込んできた。家族だけのキャンプなので、子供は子供、大人は大人で勝手気ままに過ごす。ぼくはお風呂の時間がくるまでテントの中で雨音を聞いていることにした。
ポツポツという雨音を聞いていると懐かしいような気持ちになるから不思議である。今はもう台風などがきても停電になったりはしないが、ぼくの子供の頃はすぐ停電になった。そうすると父親がロウソクに火を灯し、家族でちゃぶ台のまわりに集まった。なにするともなく座っているだけなのだが、そこに父親がいるだけで心細さもふきとんだ。
そんなことをとりとめもなく思い出していた。
拓也が時間だよ、と言ってきたのをしおに、テントからはい出しジャグジー風呂に入りに行く。ジャグジー風呂にゆっくりつかっていると背中のあたりから疲れがしみでていくようで気持ちがいい。子供はいつもこういう風呂でははしゃぎ回る。今日はタクヤとその友達の岩崎君と一緒だ。
「今日は夜更かししても良い?」
などと聞いてくるので、
「タクヤが起きていられるあいだだけならいいぞ」
と答えると嬉しそうにしている。
管理棟の前では青木さんが焚き火の火を消そうとしていた。ぼくはしばらく立ち話。キャンプ場で管理人さんと親しくできるのもまたいいものだ。翌朝は晴れた。テントの外に出てみると純白の富士山がまぶしく光っている。遠い山並みに雲がかかる。風が吹きぬけているのが見える。
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