オーディオ評論家/オーディオ誌評論
- 対オーディオ評論家
オーディオ評論家評論(登録日 1999.5/1)
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- 対オーディオ誌
オーディオ雑誌評(登録日 1997.11/25)
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今やどのようなジャンルであっても評論家がいる。それも万人が認める権威の持ち主から一介のライターまで、それだけで十分の収入を得ている人から副業件趣味でやっている人まで様々である。そもそも評論家では全くない我々一般人にしても、生まれてこの方様々な対象に評価を下して生きてきているはずだ。ただそれが「論」の体を成しているかいないかだけの事ではないか。
例えばここに一人の幼児がいたとしよう。彼は夕食に出されたスパゲティに混ざっていたピーマンを食べたくないとダダをこね、母親から「好き嫌いしていると大きくなれませんよ」等と小言を言われている。彼はこの時点でピーマンに対して既に「嫌い」という評価を下しているのだが、それを第三者に伝えるために必要な具体的且つ客観的な表現が出来ないので、母親には嫌悪の表明にしか聞こえないわけだ。
しかし彼が「どのような調理法を駆使しても完全に消すことが困難なあの青臭さと、噛んだ瞬間に口内に広がる一種独特の苦みには毎度のことながら閉口させられてしまう。あのウインナーのプリリとした歯ごたえの愉しみも、スパゲティとケチャップによるまったりとしたハーモニーも、コイツの蛮行のために台無しになってしまっていることが何故貴方には解らないのか。拠って以後、私はピーマンを食することを一切拒否するものである。」とでも言い出したらどうだろう。
もっともこれだけでは彼の主張は通らずに、母親の主に栄養学的見地からの反論があるかも知れないし、彼の論旨もピーマン拒否論から徐々にみのもんた批判へと対象を移していくかも知れない。そしてそこはさながら二人の評論家によるディベートの様相を呈してくるのである。まっことこの様に評論というのは簡単なものだ。だた評論家と市井の人々との違いはそれで飯が食えるか否かだけなのである。
この項でターゲットになっているのはオーディオ誌への執筆及びメーカー/専門店主催の試聴会での講演活動などで充分飯が食っていけてるであろう方々である。彼らは有形無形の影響を我々に及ぼしているわけだが、その評論活動自体、単なる好き嫌いの域を出ていないような人も散見されたりする。そんな奴でも「先生」等と崇め立てられているのが現状なのだ。それにこの世界、あまり新人というのが見当たらない。年功序列というか、ある種の権威主義が未だに横溢しているのではないか。
そんな評論家といわれる方々の評論活動自体も「評論」の対象にしてしまおう、ということがこの項の主旨である。当然その伝達媒体であるオーディオ専門誌も遡上に乗せてしまう。もっとも私の嗜好の主張に過ぎないのかも知れないが、まぁ良いではないか。私はそれで飯を食っているわけではないのだから。
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