平成14年 第32回関西俳句講座
 

日 時 一時限 (13:10-14:20) 二時限 (14:30-15:40)
9月11日(水) 風土と季語 辻田克巳 淀川の今昔 角 光雄
9月18日(水) 近江路の四季 相良哀楽 播磨路で過した俳人達 山田六甲
9月25日(水) 能登の風土と俳句 棚山波朗 風土と気象 坂根白風子
10月2日(水) わが心の風土記 西宮 舞 大和路の四季 塩川雄三




風土と季語 辻田克巳講演要旨

はじめに、今日は立春からら数えて二百二十日。二百十は九月一日。この頃は台風の来る確率が高く、農耕民族の稲作にとっての「厄日」。農家に大被害を与える台風の襲来を予測する目安の日である。大自然の威力の支配下では人力の及ばぬことが多いが、予め覚悟、対応はできた。だが、関東大震災が九月一日に起きているからと「厄日」を「震災」と関連づけて考えるのは誤解。二十四節気は一年を円と考えて円心の角度を二十四等分(ほぼ15日間隔)して線引きし、例えば八月八日立秋、二十三日処暑、九月八日白露、二十三日秋分の日などとする暦上の区分。一年は三百六十五日で割り切れないから、その分各節気の日や時間は年によって少しずれるが、俳人はその意味や状況なども十分認識体感しておくこと。因みに二百二十日は二十四節気の雑節。
 (A)風土とは
 その土地の気候・地味・地勢などの自然条件。歴史的背景を持つ土地の有様そのもの。
 (B)季語のこと
 人は季の支配下に、季と一体化して生きる。季語は一種の特殊語で、「一葉落つ」「虫売り」などは俳人特有の感覚的季語。「爽やか」「新豆腐」「星月夜」「暮の秋」「日脚伸ぶ」などは、その意味を誤用され易い季語。植物・動物・食品等の名称には、一般語と共通の季語も多いが、それらの季語は一般語であると同時に「詩語」なのだ。俳句は季語を通してものを言う文芸であり、共通の視点を持つ季語を仲立ちにすることでわかり合える部分が広がる。季語の意味性を活かして季語に語らせる工夫が大切だ。
 (C)季語は風土の気息
 季語は風土と深く関わり、そこに暮らす物同士のみに通じ合う風土の気息。食物ももとは風土と季語の産物。
 (D)まとめ
 「その土地のことを詠め」ではなく、「その土地に生きる自分や自分達を、風土の関わりにおいて」詠む。皮相的な客観写生の域を越えぬ「作者の顔」不在の俳句は不可。
 俳句は詩であり、日常を母胎とした非日常の創造で、実存的リアリティがないと詩にならないことを忘れずにいたい。

能登の風土と俳句 棚山波朗講演要旨

 風土はその土地固有のものですが、最近は各地の風土性が失われつつあるようです。その理由としていくつかあげられますが、一つは都市化によって地方の生活、文化が変わったことです。また、風土性を伝承する人がいなくなったことも大きな要因だと思います。こういう時に「風土と俳句」について考えることは、誠に意義深いものです。
 能登はアイヌ語のノット(顎)がつまってノトといわれるようになったそうですが、伝統や食文化などは関東よりも関西に近いとされています。
 能登の風土を代表するものとしてあげられるのが珠州に伝わる「あえのこと」です。これは冬の間、田の神を家に迎えてもてなすことで、眼の見えない神と身振り手振りで相手にするところがユーモラスです。例句に「田の神を地酒熱めにもてなせり 手田一路」があります。
 沢木欣一の「塩田に百日筋目つけ通し」の句で知られる塩田は、今でも一軒だけ残っています。この句が昭和三十年に発表された当時は「社会性俳句」として喧伝されましたが、夏の炎天下での労働に焦点を絞っている点では「風土俳句」と言えましょう。沢木欣一は昭和四十三年に沖縄を訪れ「能登と沖縄に日本の自然と人間、その関わり方の一つの原型を見た」と述べています。
 季語で珍しいのは「鰤起し」です。これは鰤の獲れるころ、十二月から一月にかけて鳴る雷で、能登では豊漁の前兆といわれています。音が大きいほど歓迎されるそうで、天体の現象と人々の生活が密着していることが分かります。
 「風垣」は能登だけのものではありませんが能登では篠竹を立てるようにして家をとり囲みます。こうして大陸からの寒い風を防ぐわけで、ここにも風土性がよく出ていると思います。
 「うつくしきあぎととあへり能登時雨 飴山實」能登の時雨は空が晴れていてもいきなりやって来ます。
 風土を詠むには、風土にとけこむことが肝要です。旅人の眼ではなく、そこに住んでいる人になりきることが求められます。