平成二年の作品。 昨年、作者は、ある俳句雑誌に「三月までもつか四月までもつかと案じてきた母が、七月を迎え…」と記し、〈水無月や母を眠らす子守唄〉〈母寝せてわが刻梅雨の時計鳴る〉などの作品を発表している。 お母様との永遠の別れの近いことを感じ、染筆に際し、殊更「長き夜の」ころを懐かしく思われたにちがいない。 秋も深まりゆく夜お母様と作者を点す一灯は鮮やかである。二人で何を話すのでもなく、思い思いにすごすひととき、作者はこのような夜を大切にしていたのだと思う。主情を抑えた十七文字には、母もの俳句の甘さはない。 このような作者の置かれている状況に深入りせずとも「長き夜の」という語感のやわらかい情景の中に、「一灯母と…」ときりりと締めた手法、すみずみまで平明な表現、それらが格調と余情を深めている。 師・安住敦の人生諷詠のこころがさりげなく息づいている作品である。 (出口紀子) |
社団法人俳人協会 俳句文学館389号より |