第一句集『朔』所収。昭和四十三年作。 掲出句に就いては別に『自註句集』にも収められており、作者はその中の自註に於いて「那須野での句。優雅な心地で花野を馬で渡った」と述べている。まことに一読、広々と次と続く花野の光景が眼前に浮かび、その中を悠然と渡ってゆく一騎の姿をも彷彿とさせる。すでに夕づく高原の風に、小休止を得た馬上の主が折り取ったのは一本の吾木香であった。やがて馬を駆って去ってゆく一騎に再び静寂をとり戻す花野。静と動の対比を鮮やかに描きつつ、巧まずして刻の推移を感じさせる。ややもすると甘美な詩情に流され易い題材を、この様に格調高く謳い上げたのにはまず「馬上より」と明快な一語をもって、力強く詠み出したことにあると思う。これに依って実景が動かし難いものとなって読み手に伝わってくるのである。 早くから俳句の門に入った作者の三十代の作であるが、今も持ち続けている作者独自の美学を、この句からも垣間見る思いがする。 (杉原昌子) |
社団法人俳人協会 俳句文学館389号より |