俳句カレンダー鑑賞 7月



 先師岸風三樓を中心に、新橋烏森付近にて小酌をすることが多かった。すでに二十余年前のことである。
 灯のともり始めた街をゆっくりと「新内流し」の声が近づいて来る。皆さほど芸能にくわしい訳でもないのにこの「流し」の唄、調べは心に沁みるものがあり、呼び止めて席に招いたものである。この頃の「流し」は大体男性二人で、稀に一人流しもいた。麻や上布など薄物の着物に角帯を締め頭は手拭を吉原被りにしてそれは江戸の「粋」を今にした姿であった。その時によって「乱蝶」など常磐津や清元の一節を聞かせてくれ、殆どが悲しい恋の唄であった。賑やかなギター流しとは違って、しっとりと濃密な時の流れに身を置く思いがした。そこばくのご祝儀包みを手渡して、ほっと息をついたものである。
 昭和五十七年に先師を送った後、早過ぎた先師を悼む会として「亡き人を偲ぶ新内流し」の席を設けた。その折りの作者の深い哀惜の籠った一句である。21世紀を迎え街の推移は激しく、も早「新内流し」の姿を新橋に見ることはない。
(平間真木子)
亡き人を偲ぶ新内流しかな 山崎ひさを
 社団法人俳人協会 俳句文学館387号より

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