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咲き満ちていても紫陽花は静かな花だ。人々の暮しに寄り添うように、ゆつくりと色を深めてゆく。人に近い花でありながら決して俗にならないのは、その芯に藍の潔さを湛えているからだろうか。 今、街には人の手によって作り出された様々な色や形の花が溢れている。目新しくはあっても、どれも技巧や狙いが同じようで個性的とは言い難い。紫陽花もハイドランジアと呼ぶほうが似合う花が多くなってしまった。華やかではあるが、そこにはかつての凛とした佇まいは感じられない。 作者にとって、紫陽花は父秋櫻子に繋がる特別な花と言えよう。だが、掲句が過去を懐かしむだけの作でないことは明らかだ。紫陽花に向き合う作者の視線はもっと強く明るい。 どれほど目まぐるしい時代にあっても、見失ってはならないものがある。己を貫くことは難しいが、だからこそ大切なのだよと、穏やかな調べの中から作者の声が聞こえてくる。 (丹羽啓子) |
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紫陽花の昔は藍と思ひけり 水原春郎 |
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社団法人俳人協会 俳句文学館386号より |