北 岳 (南アルプス)


その2


山小屋の受付を済ませ展望を楽しむ。思ったとおり雨雲はまだらで、しかも山の頂きはほぼ雲の上。前線の雲にありがちな状況。実はまんざら勝算なしでは登らない。毎日天候情報と格闘している那須での経験が生きる。(低気圧の通過時はこうはいかない)。下界は大雨だろう。今日の宿泊者は7名ほど、夕食を一緒にとって横になる。いつのまにか寝入ってしまう。


夜中の2時頃目が覚める。雨が屋根をたたきつけている。「いいぞいいぞ、今夜中に降ってしまえ」前線の天候は周期がある。明日の朝は結構イイ感じかもしれない。なんて楽天的なのでしょう。トイレのため外に出る。あまり寒くない。ということは前線が北に移動しているのだろう。3日前に寝違えた後遺症で肩甲骨のあたりが痛い。


5時に起きる。雨は予想通りあがっている。外に出ると朝焼けの富士山と鳳凰山、実に美しい。上空は雷雲らしきものが覆っているが、東の方は空も明るい。さあて雲はどちらに動くかな?遠くでゴロゴロ雷鳴がしている。


富士山をバックに
(クリックで大きくなります)
肩の小屋前から朝焼けの鳳凰山(超ラッキ!) 頂上を目指して登る
(ニセ頂上だらけで参った)



山頂目指して出発。岩場をゆっくり登る。10分もしないうちに太ももの筋肉がつらくなる。一晩だけの休養じゃ回復はムリだとさとる。上空はいつしか暗くなり雷鳴は真上で響き出したが、なんとなく迫力はない。2年前に燧ヶ岳で味わった恐怖の3D雷鳴を思い出す。あれはすさまじかった。それに比べれば100分の1程度。でもちょっと怖い。雨がぱらぱら降ってくる。雷との競争だ。危険なことは変わり無い。山頂を踏んだらさっさと下山だ〜。


さすが3000mを超えると呼吸がつらい。雷にあせって急ぐとすぐに窒息しそうになる。苦しい〜。いくつかのニセピークに絶望しながらも、気を取り直してまた次のピークを目指す。これの繰り返し。ニセピークは3つ4つある。ん〜いじわるな神様。心臓が破裂しそう。頭上でパシッという雷鳴、一瞬ひるんだが危険な予感はない。あまり休暇もとらず一生懸命仕事して、やっとここまで来れてこれだけ頑張っているのだから、神様が山頂で何かプレゼントをくれるような気がする。なぜか不思議とそんな気がする。ひょっとしたら頂上に着いたらピーカンの青空が広がる?


最後のニセ頂上を過ぎると、本物の山頂が目に飛び込む。間違い無い。4,5人いるのが見える。もう少しだ。ほどなくして山頂に到着。やった!着いた!雷鳴はいつしかしなくなり、さきほどのパーティはもういない。展望が利かないのでさっさと下山したのだろうか?山頂はガスにまみれている。パラパラとみぞれ混じりの雨が降っている。だがそんなに強くはない。証拠写真撮って早く下山しよう。
そう思ったとき突然日が差してきた。


やったぁぁ〜日本第2位の頂上だ! バットレス越しに見る鳳凰山
本当に翼を広げてるようだ。こちらに飛んで来そう。下は大樺沢。



奇跡だ。晴れてきた。考えてみれば領域の狭い雷雲が通りすぎた一瞬、天候がよくなる時間と無体力トレッカーが山頂に着いた時間が一致したのだ。ありがとう神様、スバラシイ景色、最高のプレゼントだ。
そのとき何気に仙丈岳を見やる。息を呑む。とてもとても美しい虹が仙丈岳にかかっている!虹なんて何年振りだろう。下界でもめったにみれないのに、こんなところで見れるなんて!そうか神様からの本当のプレゼントはこれだったのか!思いもつかなかった。涙。


仙丈岳に架かる虹。山の神様からの最高のプレゼントだ。 ガスで幻想的に。
南アルプスの山並み



全く奇跡的な情景に、「早く下山しよう」と思っていたことも棚に上げ、なんと一時間半も山頂にいてしまう。昨日広河原でお会いしたご夫婦もほどなく到着、お互いの健闘をたたえ話しがはずむ。昨日は北岳山荘の場所がガスでわからなくなり、「遭難するかと思った」とご主人が笑う。



晴れの合間の山頂よりショット4枚。クリックすると大きくなります。

間ノ岳(日本標高4位)方面 頂上の様子。甲斐駒もバッチシ
池山吊尾根(右下あたりが八本歯) バットレス越しの大樺沢
(雪渓も見える!広河原も見える!)



満足な山頂でのひとときを十分楽しみ、下山にかかる。筋肉がかなり疲労していることを十分認識し、慎重に下る。途中ゴロゴロした岩場の通過にてこずる。バットレス方面がガスで覆われてくる。見上げると山頂はガスの中、本当に山頂では一瞬のチャンスをものにしたようだ。木の階段が現れてくると八本歯付近だ。ひと〜つ、ふた〜つ、みぃ〜っつ、と意味無く歯(岩峰)の数を数える。五つ目あたりが八本歯のコルだ。ここから大樺沢を下っていく。


バットレス付近の岩とガス煙る鳳凰山。
感動した風景で一枚パチリ
八本歯付近の稜線。
「歯」はいっぱいあったが本当に八本?



大樺沢の下りは本当につらい。これから1500mもおりるのぉ〜、マジ〜?。絶望的な気分。一歩一歩おじいさんのように下る。途中何度休憩しただろうか?雪渓やら、見上げるバットレスやら景色は最高だが、身体の中から「力」というものが沸いてこない。魂を抜かれたように下る無体力トレッカー、やっと着いた二俣で昼食をとる。コースタイムは八本歯から1時間だが、3時間近くかかる。なさけな〜。


大樺沢から見上げたバットレス(クリックで大きくなります) 雪渓



甲府でオフロに入ることだけを励みに、さらに下る。広河原山荘横に到着したとき、すでに無体力トレッカーは「人」ではなく、それは単なる「もぬけの殻」と化していた。吊橋の前で北岳に正対し、深々と頭を垂れる。「ありがとうございました!」
無体力にもかかわらず、日本標高第2位の山に登らせていただき、また想像もしてなかったプレゼントを頂き、神様に対する心の底からの言葉であった。


おわり


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