剱岳(2988m奥大日岳(2606m)

朝焼けに輝く剱岳(テン場より)


「古来登山者絶無と見なされていたこの峻険な山に、・・・・・不退転の勇気と鉄の意志を持った
修行僧が、はげしい信仰の念にかられて、この頂上に達したことだけは歴然とした事実である」

(深田久弥)


  


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新田次郎著 「剱岳(点の記)」 

剱岳の山頂に三角点設置の命を受けた測量官の苦闘を描いた山岳小説。明治時代後半、
剱岳は日本で最後の未踏峰と言われていた。1907年この測量官によってついにその頂上が踏まれた。もちろん登山道もなく、現代のような装備もない時代の登山は、過酷を極めた。ところが、人類未踏と思われていたその頂上に最初に到達したのは彼ではなかった。彼は頂上で槍の穂と錫杖(しゃくじょう)の頭を発見したのだ。



真夜中に目が覚める。風の音も聞こえない。天気が気になってテントから顔を出して外を覗いてみた。「うわツ!スゲ!」思わず言葉が口をついて出る。満天の夜空だ。剱沢全体が巨大プラネタリウムと化している。これはもう「星がきれい」の域をはるか超えている。どれが天の川なのかわからない状態。山に登ってて良かったと思う瞬間。星の明るさで剱がボーっと照らされている。なんと不思議な光景。。。


2003年9月5日(金)

剱沢テン場 6:00 ⇒ 6:30 剣山荘 6:40 ⇒ 7:15 一服剱
7:30 ⇒ 8:10 前剱 8:45 ⇒ 10:45 剱岳山頂
11:45 ⇒ 15:15 剣山荘 15:45 ⇒ 16:30 剱沢テン場


累積標高:+690m、-220m
いよいよ剱本峰にアタックの日がやってきた。天気は雲ひとつ無い絶好のコンディション、静かに朝食をとり、静かにサブザックに荷を詰める。そして気を静めるかのようにタバコに火をつけ、午前6:00に静かにテン場を出発した。



<剱沢テン場⇒剣山荘⇒一服剱>


まずは剱沢を下って、剣山荘に向かう。事実上の登山口はこの山小屋なのだ。

剣山荘付近より見た剱岳。

1 一服剱
2 前剱
3 剱岳山頂
4 源治郎尾根2峰
5 源治郎尾根1峰


剣山荘から登りに入る。急な斜面では岩くずが歩きにくい。マークも不明慮なところがあり2,3度進行方向に迷う。一服剱までも場所によっては岩くずの斜面を四つんばいに登るところもあり、この先のハードさを暗示させる。一服剱では名前の通り一服させてもらう。目の前に前剱が大きい。息を整え、さあまずは前剱から楽しもうか。


前剱。どこ登るの?ってかんじ。 振り返ると剣山荘が小さい。バックは剱御前、右の山塊は大日岳方面



<一服剱⇒前剱>


前剱への登りは剱のハイライトのひとつ。巨大な岩塊の急登。もはやマークも無く、岩くずの不安定な斜面を一歩一歩、時に両手両足であえぎ登る。ほとんど初級のロッククライミング(四つんばい)の世界。左右は岩の鎧をまとった急斜面。鎖場も現れだす。
前剱大岩の横を鎖を使って通過。 前剱への岩くずの急登。素晴らしい高度感。
一服剱が小さい。もはや尾根の一小ピークと化す。


昨日の事を考えると、今日はサブザックなので軽快。しかし太陽光線が強く、滝のような汗をかきながら前剱、到着。空は秋色。

前剱にて。八ツ峰も見え出す。山頂が近くなったが、これからがいよいよ佳境。バックは後立山連峰



<前剱⇒山頂>


剱山頂へ!!
いよいよここから山頂まで最も危険な区域を通過する。前剱から本峰を臨むと、巨大な岩壁に人が張り付いて登っているのが確認できる。「わ〜、あんなところ登ってる!」隣のご婦人たちが驚いて叫んでいる。たぶんあそこが
「カニのタテバイ」と呼ばれるところだろう。
それではここから「雪と岩の殿堂」ならぬ
「スリルと恐怖の殿堂」の様子を写真でご堪能下さい。


「スリルと恐怖の殿堂」往路バージョン。クリックで写真が大きくなります。
前剱を過ぎてすぐ、このような岩を鎖を使
ってトラバースする。下はまっさかさまで
さすがにビビった。
険しい岩峰で緊張の連続。「あ、ころんじ
ゃった」ではシャレにならない箇所多数。
この岩壁は反対側に出る
「平蔵のコル」手前より見た剱本峰。
@が「カニのタテバイ」Aあたりが「ヨコ
バイ(帰りに通るところ)」。いよいよだ。
「カニのタテバイ」を通過し、余裕をかま
して上から写真を撮る。
下にいる登山者たちが小さい。


カニのタテバイはほぼ垂直の岩壁だが、上を見ている限りRIKIはへっちゃら。ただし足場の間隔がかなりあるので女性にはつらいところだろう。この難所を過ぎると岩くずの斜面をジグザグに登り、ほどなく山頂に到達する。


←まもなく山頂


剱岳 2,998m 2003年9月5日10:45 登頂


ここ数年間その山頂に立ちたいと思い続けていただけに感慨もひとしお。しかも天気が最高!(出発前はあまり良い予報ではなかった)。360度の大展望を眺めながらのんびり食事をとる。立山のはるか向こうに槍ヶ岳も見えたが、なんといってもRIKIの目を捉えて離さないのは、「鹿島槍ヶ岳」の美しい見事な山容だ。次回のターゲットはここかな?
鹿島槍の美しい双耳峰
その他にも白馬岳、五竜岳も
池ノ谷(右俣)を見下ろす。
はるか向こうに富山湾も見えた。


禁断の魅惑の縦走路「北方稜線」 



<山頂⇒下山>

感激の登頂を果たしても緊張感は持続、今来た道をまた戻らなければならない。登りより下りの方がはるかに危険なのだ。
それではまたまた「スリルと恐怖の殿堂」を写真でどうぞ。


「スリルと恐怖の殿堂」復路バージョン。クリックで写真が大きくなります。
山頂より慎重に下る。
目もくらむ高度感
左下に行くと「カニの
ヨコバイ」へと続く。
ほ〜らこれが「カニのヨコバイ」
最初の一歩が分かりにくく、
恥ずかしながら手が震えた。
(下見るとホント怖いんだから!)
はしごにどう足をかけて
いいものか迷う女性登山者
難所を通り過ぎ、下か
ら見上げる。
でもまだ気は抜けない


カニのヨコバイは「妥協」が許されない。最初の一歩の足場はそこがmustで、そうでなければ滑落なのだ。「まあ、テキトーにこの辺に足をかけて、、」という場所がない。しかもその足場がなかなか見つからない。この緊張感は槍ヶ岳の穂先の下りの比ではない。子供は無理。

この緊張感を味わったせいか、その先危険な下りが何箇所もあったにもかかわらず怖さを感じなくなった。感覚がマヒしてしまったのか?これは最も危険な状態だ。緊張感の持続を自分に言い聞かせながらの下山となる。


何度も登り下りを繰り返しながら、気持ちを集中させ夢中で下山したため、途中の経過をあまり覚えていない。前剱(下山は巻き道をたどった)を過ぎてから、ほっとしたことだけは覚えている。前剱からは魂が抜けたように下る。この下りはつらい。


いつものようにゾンビ状態での下山。
今日は心身共に疲れた。
剣山荘で顔を洗って、気を取り戻して
テン場までのんびり帰る。
風が強くなってきた。山小屋の方でビ
ールで静かに祝杯を上げる。目の前
には剱が大きい。日が暮れるまでずっ
と飽きずに眺めていた。
前剱を過ぎたところ。
剱沢を見下ろしほっとする。
テン場に戻る途中、剱をバックに。
心身ともに疲れたが満足感いっぱい。



<エピローグ 剱沢テン場(泊)⇒別山乗越⇒(雷鳥沢)⇒雷鳥平⇒室堂>


日が暮れるとまた気温がグっと下がる。今夜は風も強い。きっと明日は雨だろう。本当に天候はラッキーだった。7:00には寝入ったが、風の音に何度も目が覚める。かなりの強風。テントが何度も揺れる。


翌日、雨の間隙を突いて速攻で撤収。ずっしり重いザックを担ぎ、別山乗越に向かって登り出す。途中でガスにまかれ方向感覚を失うが、マークのおかげで一度迷っただけですんだ。
ガスは怖い。(剱沢テン場 6:30 ⇒ 8:00 別山乗越)


下りは不得手に加え、気が抜けているせいか、雷鳥沢の下りは死ぬほどつらかった。雨風も強く、風で何度もよろめく。(剱沢と室堂の間にトンネル作ってよ〜)。雷鳥平から室堂まではこれまたかなりの登りで(200m登る)、ヘロヘロどころか完全に息の根を止められた。(別山乗越 8:15 ⇒ 9:45 雷鳥平 10:00 ⇒ 11:00 室堂)


室堂からバス、ケーブルカー、電車と乗り継ぎ、富山駅に到着。駅に近い「観音屋」という銭湯でのんびり汗を流す。懐かしい昔ながらの銭湯。さっぱりして気分も良くなる。特急電車の中で駅で買った「マス寿司」を肴に、しこたまビールを飲んだため、大阪に到着する頃はいつものごとくヘロヘロ状態であった。

また来たいな〜


おわり

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