地獄だった西黒尾根下降
1998年5月23日(土)快晴 メンバー:B型ファミリー コース :自宅 5:30 - 8:00 一ノ倉沢出合 − 9:00 ロープ ウェイ土合駅 9:00 - 9:20 天 神峠 9:40 - 10:40 熊穴沢非 難小屋 11:00 - 12:40 トマの 耳・オキの耳 15:00 - (西黒 尾根) - 18:30 土合 |
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トマの耳にて。バック左は「オキの耳」、右は「朝日岳」 |
(プロローグ) 何て言ったって「魔の山」だ。下調べを入念に行う。「登山指導センター」に電話で状況を尋ねる。(なんと模範的なのだろう)今年はまれに見る小雪の年で梅雨前にもかかわらず登山道に残雪はないそうだ。例年この時期はまだ閉鎖されている。一ノ倉沢への林道も「通れますよ!」とのこと。ラッキ〜、地図も2つ買う、コンパスも用意、「魔の山」対策は完璧だ!さあ出発!
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すごい、凄すぎる。体が震え、心臓が止まりそうになる。 圧倒的な存在感、その高度・スケール! 悪魔が作ったかと思わせるような壮絶な岩壁、なんと表現すれば良いのかわからないその岩相! 周囲の明るさとは対照的な岩壁の陰湿感が深く脳裏に刻み込まれる。ああ、こんな場所が日本に存在していたのか!ショックで言葉が出ないとはこのことか。 |
一ノ倉沢 |
(谷川岳ロープウェイ) ショックから立ち直れないまま、車で土合のロープウェイ乗り場まで戻る。 さあ気を取り直して山登りだ! とりあえず片道切符を家族分購入し、ゴンドラに乗り込む。いい天気だ。気分最高!子供たちは2回目のロープウェイにおおはしゃぎ。 どんどん高度を上げる。天神平が近づいてくるに従い周囲も見晴らしが良くなってくる。東京から近いところにこんなに素晴らしい山塊があるなんて!天神平駅を降りて、次はペアリフトだ。ゆうこは足をブラブラさせて乗るリフトは初めてで、緊張した顔つき。落ちるなよ! |
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天神峠にて記念撮影。谷川岳の双耳峰が鮮やかだ |
(天神峠→熊沢穴非難小屋)
リフト終着駅から、谷川岳の双耳峰(トマの耳とオキの耳)がはっきり見える。素晴らしい展望!でもまだ5月なので登山者は少ない。超ラッキ〜。出発〜つ。熊穴沢非難小屋までは快調快調。急な登りも無く快適ハイキング。山っていいなあなんて気分良く進む。
1時間ほどの熊穴沢非難小屋で小休止。行動食と水を補給。(ちなみに水は4人でペットボトル2本ほど。今思えば全然足らない量だが、このときは全く気がついていない)
ゆうこ頑張る。(左右とも) |
(熊穴沢非難小屋→トマの耳)
熊穴沢非難小屋を出発。ここからは一転急登の連続だ。子供たちにとっては初めての急坂。4人あえぎ登る。特にゆうこにとっては不意打ちの急登で、顔を歪めている。ペースが極端に落ちる。つらいだろうが頑張れ!疲れたら何回でも休んでかまわないぞ。ゆっくりマイペースで行こう。励まし励まし天神尾根を攀じ登る。(身軽なけんすけは元気に登っている)
ゆうこの休む回数が増えてきた。こりゃ相当時間が掛かるな、と思っていた時、下山してきたおばさんの「上に雪があるから頑張りなさい」の声。とたんにYUUの顔がほころび「本当に雪があるの?冬じゃないのに?」「うん本当だよ」「じゃあ早く行こう」
よいしょ、よいしょ、さらに頑張る。雪は子供の元気のもとだ。子供たちよ、この時期に雪が見られるなんて本当に山って素晴らしいだろう!
一方で水の消費量もかなり多くなっている。
肩の雪田にて |
遂に魔の山の山頂に到着!(写真はトップに)
ついに谷川岳の肩の手前の雪田に出る。展望もすこぶる良い。どれがどの山なのかさっぱりわからないが、ともかく素晴らしい!子供たちは雪で大喜び。まさか雪が見られるなんて思わなかったのだろう。これまでの疲れがいっぺんに吹き飛ぶ。雪田から流れ出る水(最高に甘くてうまい!)をペットボトルに補給してさあ出発。頂上は近いぞ!
雪田を登ったところが肩の小屋であった。小休止して目の前の谷川岳頂上「トマの耳」に一気に到着。ついにやったぞ!「魔の山」に家族で登ったぞ!展望もバツグン!気分は最高!大感激だ。(でも腹減った。メシを食う)
(オキの耳)
谷川岳の主峰であるトマの耳にザックを置いて軽装ですぐ近くに見えるもう一つのピークであるオキの耳に向かう。非常に疲れていたが、今朝下から見上げた驚異的な一の倉の沢を絶対上から覗いてみたい、今日は絶好の天気なのだ、と自分に言い聞かせ重い体を起こす。トマの耳からはマチガ沢の最上部でもある幅の狭い稜線を通って10分くらいで直前の急登を終えオキの耳に到着、さっそく一の倉沢を覗いてみる。今朝早く行った駐車場とテントがはるかかなた底に見える。ただただ絶句。標高差1000m近い断崖は人知をはるかに越え、自然に対する敬虔な気持ちと、畏れを心の中に思い起こさせてくれる。しばし唖然。実は一の倉沢を上から覗くには、一の倉岳に向かう途中の稜線に「のぞき」と言う最高の場所があるらしいのだが、そこまでは行く気力も時間もないためトマの耳に戻ることにする。今度来るときは一の倉岳をめざそう。
オキの耳より一ノ倉をのぞく。すげえ高度感。
(恐怖の西黒尾根) オキの耳からもどって時計を見ると午後3時を指している。天神平のロープウェイの最終時間は午後5時。はたして2時間でもどれるかどうかだ。登ってきたときは2時間半なので帰りはそれより短くなるだろう、とは思えない。ガレ場の下りは登ってくるより時間がかかるものだ。特に子供の小さな体では。それにさっき苦労したガレ場そのものを下る気が全くしない。 地図をみると西黒尾根はなんとなくなだらかそうで、ガイドブックにも「谷川岳の入門コース」と書いてあったのを思い出した。時間も2時間半でもどれると記されている。同じくらいの時間を歩くなら、一気に下までいける西黒尾根を下った方がいい、と判断した。 しかし谷川岳は甘くなかった。ものすごい道だった。以下今後行かれるであろう方のために・・・・・ |
まず「肩の広場」で西黒尾根にむかうところを、気がつくと来た道、つまり「天神尾根」の方に向かってしまっている。肩の部分にある残雪の朝上り終わったところまで来てしまって「はっ」と気がついた。他の登山者が正しい方向を教えてくれたから良かったものの、全くの快晴で道を間違えるとは本当に山は怖い。なめてはいけない。 西黒尾根にて。後方は左・トマの耳、右・オキの耳 このへんはまだ余裕。ここから地獄が始まった。 |
下りはじめ10分くらいは快適な道だった。距離は長いけど、このような快適な下りがずっと続くのだろうか、と思った瞬間、岩場の下りが始まる。最初は大したこと無いが、だんだん子供連れの僕らのレベルでは「マジ」な岩場になってくる。ふと気がつくと両サイドは谷に向かってサーっとしたガケだ。血の気もサーっと引いていく。特に左手はあの一ノ倉にもまさるともおとらない「マチガ沢」のはずある。子供たちに慎重にゆっくり降りるように指示を出し続け降りていく。 足を踏み外したら取り返しのつかないことになる。子供たちが心配で緊張感が一気に増す。天神尾根の下りでジャリでズルっと転んだことを思いだし更に「ゆっくりゆっくり、あわてずに気をつけて」と言い続ける。岩場の落差は期待に反してだんだん大きくなってくる。ついに鎖場登場、なんと鎖場初体験がほぼ垂直(そう見えた)の5m(そのときは10mくらいにに見えた)の下降。大人が先に降り子供たちを下から指示する。見ている親は気が気でない。子供たちも顔が真っ青、と思いきや意外に楽しんでいるではないか。こちらは緊張でのどがカラカラだ。樹林帯に入るまでに4箇所ほど鎖場があり、全く息が抜けない。地獄の下降とはこのことか。結局「ガレ沢のコル」までに要した時間は2時間近くであっただろうか。若葉マーク登山隊にとっては思わぬ山からの試練である。 |
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既に水はカラになっている。「下りは大して汗もかかないからいいや」と思ったのが大間違い。ここから約2時間近く延々とした地獄の水無し下降が続くのである。行けども行けども同じ樹林風景、展望も無ければ平坦な場所も無い。ただひたすら同じ斜度の下りが続く。休憩ではただ深呼吸を子供にさせるのみ、唾液も出てこない。「ミ・ズ・をくれ・・」我慢して下りつづければかならず林道に出る真実だけを励みに頑張る。ひざのあたりの筋肉がパンパンに張ってきた。登りよりも下りがきついことを身をもって経験する。(子供はひざが柔らかいのか、下りの方が楽らしい)情けなくもバランスを崩して2回転倒する。集中力が薄れている証拠だ。6時半頃ついに車の音が聞こえる。「あっ、車だ!」ゆうこが叫ぶ。とうとう林道に出る。苦闘3時間半ついに1200m差を一気に下降・・・と言えば聞こえが良いが、この下降は全くもってRIKIのコース選択ミスであった。いや前もって下調べを十分しておけば午後3時に下降を開始することもなく、このコースであってももう少し余裕をもてたであろう。 |
登山指導センターで水を補給し、ペットボトル一本分を一気飲みしながらいろんな事が頭をよぎる。山で怠ってはいけない事をたくさん谷川岳が教えてくれたのだ。この山の深みはすごい。今後子供たちと山登りを続けていくつもりのB型一家にとって本当に良い経験をさせてくれた。 以下当たり前のことばかりだが、家族山行される方のためにこの山から学んだことを列記する。 |
・下調べは入念に。特に時間はガイドブックの1.5倍ー2倍は見ておくこと。またゴンドラやロープウェイの最終時間を 必ず確認しておくこと。 谷川岳の午後3時からの下降開始はいかにもクレージーだった。 ・ズボンは必ずストレッチ性のあるものを。普通の綿のズボンではだめ。 ・食料・水は十分に。水は一人2リットルは用意したい。 ・下りは登りよりもつらい。水もたくさん消費する。 ・たとえ高価でも子供たちにも専用の登山シューズを用意する。命にかかわること、金で済めば安い。 ・標高差1200mの下りは子連れでは無謀。家族山行では最初は標高差600mまでを限度としたい。 |
終わり